恋仲なのか、伽を命ぜられたのか、もしかしたら強いられていたのか、行為の持つ意味なんてわからない。
不思議と欲情したりはしなかった。
ただ、肚が、指先が、頭の芯が痺れて、冷えた。
立ち尽くす僕を見止めて薄っすらと笑う口元と、眦から流れる涙の意味の差に困惑し、掻き乱された。
きれいなものが、汚く醜く汚されることに溺れていた。 それを許していた。悦んでいた。
あんなに強いのに。あんなにきれいなのに。 なんで。
動けなかった。
ずっと、全てを見ていることだけがあの時間の僕に赦された全てだった。
組み敷いていた男はやがて慾を遂げると窟から消え、残されたのは、苦しみながら順流した色違いの双眸。
暫らくは漂っていたが、それもまた、じきに閉じられた。
そうして解放された僕の中は、すべてが脆くなり、奇妙に渦巻いていた。 無音の哭びが突き抜けていくのを感じていた。
そう、結局は全くの部外者――この場合は僕だ――にどんな心情が湧いたって、誰にもなんの慰みにもならない。
どんなに曖昧で無生産な莫迦げだ気付き。
そんなもので今の僕は満たされるとでも云うのか。
僕を満たせるものは、目の前に投げ出された、以外何物でもないと云うのに。
気付いたら、河原に来ていた。
だから、飯を、喰おうと思った。
何某かの感情が物凄い速度で四方八方に膨張を続け、空っぽな胃さえ満たす勢いで膨れ上がってゆく。
はち切れんばかりだ。
しかしその中、心の中は全き虚で、暗闇。 胃の中も。
奇妙な感覚に囚われ続ける。
そのうちに竹は焼け、清しい匂いを漂わせはじめた。
ねとりとした柔らかな泡が吹き上がりはじめた頃、身を清めて川から上がってきたセンパイは オレにも頂戴 と云って僕の隣から少し離れた処へ腰を下ろした。
引き攣るように喉がごぐりと鳴る。
けど、断ることもできずに もうすぐ出来ます としか云えなかった。
隣で、よかった。
その顔を、見なくて済むから。
他人の眼を見ることがこれほどまでに力を必要とすることだと、後にも先にも、そう思ったのはこの時だけだ。
今の僕は、あまりに無力だから、どうか。
そして願いは聞き届けられたのか、はじめと終わりの挨拶以外僕たちは終始無言で、身体も眼も何も語らずにちいさな食事を終えた。
ぱしぱしと爆ぜる火を見ながら、うずくまるようにしている肩を抱きしめるべきだったのか。
濡れた銀髪を引き倒して圧し掛かり、同じように抱き壊してしまえば気が済んだのか。
ご馳走様 と云って立ちあがった手に縋って、放さなければよかったのか。
虚ろな灰色を満たすすべを持っていたとは思えない。
うねり乱れる、この名も知らぬ感情を握り締めて挑んでいくだけの深い理解が自分にあるとも思えなかった。
月夜の熱に惑溺したせいにしていっそこの人を自分のものにしてしまいたいと、何かが肚の底を衝き上げ、胸を焼く。
やはり、僕の中にあるのもただの浅ましい劣情。
きれいなものをきれいなままで自分のものにしておきたい、子どもじみた所有欲。
わからなかった。
今、あの時の飯の味は思い出せない。
ずっと、あの時からずっと、全身の微細な感覚器が震えながら掬い出し続けては捨てているもの。
今もって滾々と涌き、溢れ、僕を満たしながら垂れ流れ、また闇へ還る。
蓋を開ければそれは、魂を喰い尽くす無為。
苦く冷えた、後悔の味。