ムリヤリ











 原因があった。
 僕たちは努めて冷静に問題点を洗いだし、改善を模索し、解決を導いた。
 より良い選択を成したはずだ。
 けれど、それですべてが元に戻るかといえば、そうでもないのが現実。
 収まりがつかなかったんだ。







 息が奔(はし)る。
 打ち付ける腰は自然、不規則になり、遂げるのが近いことを知らせてしまう。
 喘ぎ、というよりは浅い呼気の音ばかり。もちろん意味のある言葉など何も云わない。
 高ぶる感情を殺ぐために腹に力を込めるのが、ビリビリと這い上がってくる快感を必要以上に拾ってしまう。
 僕にだって、何かを伝えるわずかな暇すら与えられてはいない。
 いきそうだ。

 顔を覆い隠す、カカシの右腕を剥ぎ取る。
 色素の薄い目蓋に透けた静脈が、僕の乱暴に抗議するようにぴくりぴくりと脈を打つ。

「・・・な、によ・・・・『ヤマト』」
「なに・・・じゃ、ないですよ・・・やるって云ったの、自分でしょう」

 きつく噛み締めたせいで鬱血を残した唇を、僕は雑なやり方で塞ぎ、歯列を割り、奥へと舌をもぐらせる。
 カカシは避けるように顔を背けた。
 離れた唇の間にゆらゆらとにじんで拡がるのは、濡れた痕。 不服の感情。



「・・・」
「・・・・・・」

 乱れる息と沈黙に悟れ。
 自分を組み敷く男もまた、満足を得ないのだ、と。

 せめて慎重に言葉を択ぶつもりだったが、それも足りなかった。

「何やってんですかね・・・僕たち」
「・・・セックス・・・でしょ」
「・・・」
「今日も、きもちぃです、 よ・・・じゅーぶんに・・・」

 嘆息に紛れて億劫に吐かれた言葉、ひとつ。
 もはや僕には問いを返す余裕もない。
 わかっていながら続けているのに、いつもどおりを望むのは、欲しがりすぎってやつなのか?




 沈む怒りは泥のよう。不可解な気持ちは濁った上澄み。




 揺れる。

 揺らすな。




 また、混ぜかえるから。










 指先に力を込める。
 覆いかぶさり、影を作る。
 無理な体勢に曲げられた腰に、それまで表情を変えなかったカカシが一瞬顔を歪めた。
 腕で拭った鼻血のあとが、顔に乾いてこびりついている。
 挿入が一段と深くなり、反射的に逃れようとした痩躯を、僕は渾身で締め上げ、縫い止めた。

 暴れて用を成さなくなったシーツの上。
 乱れ散る銀髪をわずかに残るこころで慈しむ。
 指で梳いてかき上げ、あらわになった肌色の器官を、差し込んだ舌先の水音で、―――犯して。

「カカシ、さん」
「・・・・・・・ン・・・っ、あぁ」

 囁くように呼ぶことすら、難しかった。
 返事はない。こんなときにもこの人は、甘ったるい、鼻にかかったような声を出す。

 慕情は今、あなたを残酷に噛み砕こうとしている。
 なのに、汗に滑りながらもどかしくしがみつき、なまめかしく背を撫で回してくるはずの指は見当たらない。
 苦し紛れ、僕は手当たり次第にあたたかな肌へ歯を立てた。

 牙にかかった皮下の骨は確かにそこに在る。
 いっそ、このまま齧りとってしまいたいほどに、そこに。

「―――痛・・・っ、た・・・」


 カカシが痛みにうめき、我に返った。

 手を伸ばして、猛って溢れたさもしい慾に触れる。
 同じ熱を持って、同じように張り詰めているのを確かめても。
 喰い千切りたい僕に、足りるはずがない。



(ちくしょう・・・)

 しとどに漏れた粘液の助けを借りて、正しくその場所を捉えた指で、感じやすい部分を執拗になぶりつける。
 過ぎる快感に苦しみ、絞られ見開かれする朱と灰。
 漆黒の僕は陶然とそれを見下ろし、しかし濁って澱んでいるだろう。
 抗うようにじわじわと喰い絞ってくるのに耐えながら、腹を引き締める。

(どうせなら、)

 引き締め、息を止め、突き入れながら、僕は意識して舌先で傷を抉る。
 殴られて切れた口の中に、欲情の味。
 ぱっと濃い血錆の味が、ふたたび拡がった。

(もっと、啼けばいい)

 硬くすり当たる腰骨を強引に揺する。
 しなやかに弾むカカシの身体は薄い発条のようだ。

(感じてるくせに)

 根元まで穿った雄に絡みついてくるのを、強引に引き抜き、また突き上げるように侵入する。
 そのたびに悶える足先が布の上を掻いて、聞こえるのは衣擦れの音。
 悲鳴にも似た、音。

「カカシさん・・・、」

 僕は呼んだ。
 もっと。

「ちゃんと・・・」

 言って。




 放り出された身体にむしゃぶりついた僕に。



 聞かせろ。
 泣け。

 もっと、わめけ。









「・・・・・・・・・・いや・・・だ、ね」






 中へ撃ち込んだ熱がどくりと脈打ち、反り返る。
 狂おしい劣情。
 その声に衝かれた。

 何度か首を振って、目を閉じる。
 冷えて。
 冷えて。
 息だけが奔る。

 果たして、腹いせめいた醜い衝動を己に許した僕は、感じていた全てをにわかに手放してしまった。


 両脚を抱え上げた肩で、畳んだ躯を圧し潰す。
 怒張を続ける血が漲る身体を落ちるままに落とし、僕は。


「んぁ・・・・あ・・・!・・・・ヤっ、 ぁ、・・・っ、っく、ぁ・・・―――」







 めちゃくちゃにした。











 自分以外のそのさまは、いつでも呆気なく見えるものだ。


 それはまったく、いつもと同じ。
 何度かに分けて吐き出されていく精液と、仰け反った喉の白さ。

 甘い息の音は、過去の通り名すら呼ばなかった。
 その無声が、その無い存在が、眩暈のするような安堵を呼び起こし、僕の目の前にあって確かな現実。


 収まらないままに自分を放棄する。
 考えることを放棄する。
 そうすればすぐに下手な感傷ごと、快感のうねりが僕を呑みはじめる。

 わずかな時間、僕は全く自分のためだけに身体を揺すった。
 無理をしてもう一度「カカシさん」と呼んだ声は嗄れて、音にならなかった。
 うろんな目はこちらを見ていなかったし、半分は腕で覆われている。

 だからなのか、僕はまた、なぜかとても腹が立ったんだ。

 ひと挿しごとに噴きあがりそうになる自身を引き抜き、最後は自分の掌に吐精した。
 カカシの腹に垂れ落ちた精液をなすり付ける。
 まるで薬でも塗るかのように慰撫しながら、自分のとは違う肌理の細かい膚を、存分に汚した。


 吐き気がする。





 欲を貪ったのは、僕か。 それとも。






 仲直りの情事。

 気分は、最悪だった。













2008/05/30


(午後からは約束通り よく晴れた空の下へ)




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