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まだ涼やかな風の一陣が窓掛けを揺らす。
細く開けた窓でひょおと吹き鳴らされた呼子も背中合わせの静かな眠りを覚ます気配はない。

ああ、またはじまったのだ。













慾と熱に不夜の夜。
まったく自分はいくつになっても巧く甘えるすべを知らず、生まれついての性質(たち)だと訥々説明したところで、それができてこそ大人なのだとせめてもの抗いとして囲い込んだ腕の中で微笑(みしょう)してみせた彼への憧れは尽きない。
その悪戯な目を、隔てるもののすべてを忌々しいと、破らんばかりに服を剥ぎ取りながら唇を食んだ。
甘露したたる舌と絡む息の熱さに頭の芯はますます痺れ、しかし今宵今際の果て、どうしてこの目を閉じることができるというのだろう。

「オマエはいつも目が怖いんだよ」

それでいい。
覚えておいてもらえるなら、その胸へ刻まれる自分の記憶はみっともなく厭らしいものでかまわない。
たとえ禁じられても、この思いはとどまることが無いだろう。
切先を交えて対峙する敵を圧する目で、なおも強く彼の色違いを睨み据えた。

それは口にするのもためらわれるような、寄る辺無い感情のあまりなのだ。
ふいとどこかに行ってしまう気まぐれさが年若い頃の血気と共になりをひそめつつある今も、彼は今にも失われてしまいそうなのだ。
目を逸らした一瞬で、霧散してしまいそうな色。
絞り上げたこの腕をたとえひとときでも緩めたら、彼は行ってしまうかもしれない。
そう思えばたまらなくて両の腕に力を込め牢のように囲い、口に口を咬ませて、澎湃たる慕情のままに唇を貪り続けた。


すべてにとこしえはありえず。
いまこそ、わかれめ。


だからどの刹那さえ、自分は飢えていた。
はじめて言葉を交わしたあの日からずっと、彼に飢え、彼に乾き、彼を欲し続けている。

暮夜にも白いカカシの肌を見慣れたなどとは到底思えず、触れるたび、否、触れずとも目でその肌理を追うだけで体が疼いた。
互いが背負う忍という業の深さをいまさらに恨みはしまい。
しかし傷はいつも自分の預かり知らぬ間に増え、やがて自分の指が再びそこを辿るころには癒えている。
そんな、己のものになり得ぬ白肌を自分の浅黒い胸に抱き寄せると、なんと不思議なことにその肌と肌は常にひたりと睦みあうのだ。
ぱさぱさと乾いて細い銀の葉が鼻先をくすぐり、胸いっぱいに吸い込んだカカシのみずみずしい香りに度々の新しい目眩さえ覚え。

「何してんのよ、はやく」

ああ、自分の方こそが今夜カカシの腕に抱かれて眠りたいのに。
死んで生きる繰り返しの中にいて、今宵ひとときの安堵をどうかもたらしてはくれまいか。

肩の峰に掛けられていたカカシの指が鍛え抜いた肉の畝を辿り、この終わりの日のためにしつらえられた真新しい敷布の上へと静かに落ちる。
覆いかぶさるように膝を進めるのに、ゆるりゆるりとしか進めないのは躊躇いか、焦らしか。
怖いと嘯いた己の漆黒をそれでも見つめて逸らさないのだから、もしかしてそこには同じ思いがあるのかしらと、永劫知り得るはずのない彼の胸のうちに思いを馳せては昂ぶる自分がいる。

「ああ・・・すごいな」

膝裏に手をかけられて恥らうことも無く仰のいたカカシの内腿に熱をなすりつける。
伸ばされた手がやわやわとそれを握り、形と温度を確かめるように手のひらになじませては漏れる嘆息。
自分のこの狂態に彼が今諦めにも似た熱い吐息を漏らしてくれるのならば、その事実こそがまた情欲を煽り盛らせた。
指を一本、二本と伸ばしてカカシの唇をなぞる。
なまめかしくひらめかせる舌で導き、したたる唾液でうるかす指がまるでテンゾウ自身であるかのように、彼はそれをひたすらに舐めてしゃぶり続けた。
かわるがわるに五指で深く口腔を犯されながら、カカシの左手はがっちりと太いテンゾウの腰を引き寄せている。
離れてやるつもりもないが、離すつもりも無いらしい。
次第に食い込む爪が肉を抉り、赤い痕がふたつ、三つ。 四つ。

「早く」

カカシが笑う。
口端だけを吊り上げてあざけるように笑う。
他人に揺り動かされたあげくに組み敷かれ股を開いている自分を、カカシは心のどこかでは決して認めていないのだろう。
くぐもった目で口先だけに笑みをのせるのは認め切れない彼自身へのニヒルなのだ。
だからテンゾウも同じように笑ってみせる。
揺り動かし、組み敷き、股を開かせてねだらせる、そんなことしかできない自分をカカシの目にしっかりと映してやる。

それは弓なりに鋭く切れた目が驚きに眇められ、やがて和むまで。

そして悟ればいい。
似ているのだと。

離れられないのだ、と。


他人が篭絡されて行く様子を眺めては人心地つくなど全く趣味の悪い話ではあるが、まさに今テンゾウはそう感じていた。
焦点を失って崩れる寸前の瞼へ何万回目かの解悟のくちづけを落としながら、先端から臍の窪みへとしたたり落ちたカカシの雫を指にすくい取る。
湿りつけた指でなぞり、やわらかくやわらかくそこをねじってゆく。
自分の欲を差し入れるがためだけに肉を緩めながら、誤魔化しの口づけを、熱源へ。
指を進めるごとに溢れる蜜を舐めとりながら舌先を差し出している自分は──、あくまで、うやうやしく。
しかしカカシはテンゾウがひた隠しているはずの無遠慮をからかうように腰を突き出して言った。

「しゃぶれよ、もっと、ちゃんと」

切先がテンゾウの頬を内側から小突く。
好い処を圧する指だけを招き入れて、カカシはテンゾウの髪を掴んで押さえると、まるで女を相手にするように上下に腰をはずませはじめた。
噎せ、えづく。
それでも歯がかからないようにと躊躇いながらも喉を開ければ、狙ったように差し込まれる肉の塊でその奥を突かれ、嘔吐感が募った。

まるで立場が逆転したような荒っぽい口淫にも、しかし心が震えるのはどういうことか。
普段は決して見せないその奔放な振る舞いを、自分だけがずっと感じていたいとさえ思う。

とうとう自分も頭がイカレたか。
それともこれが彼の云う「甘え」なのだろうか?
己の裏を、包み込んで隠した部分を少しずつ少しずつ勿体つけながらさらけ出して。
テンゾウは苛まれる嘔吐感に涙を滲ませながら苦笑した。
だとしたらやはり巧い、と。

やがて髪を掴む指から解放されたのは、テンゾウの口からしたたり落ちた唾液と流れた涙と、カカシが放った精液でもってすべてがたっぷりと汚れたあとだった。
あんな乱暴のあとにもまだ繋がっていた中指に己のいじましさを感じるが、抜いてしまったところで彼は文句を言ったに違いない。
薄い膚を透かした血の色に上気して、くたりと水を吸った真綿のように横たわる身体を押し開き、雄を宛がう。

「いいですか」

普段は断りもしないのに、とカカシが浮かべた表情は少しもの言いたげで、その拗ねたような唇にたまらずむしゃぶりついた。
押し包むように唇をこじ開け、舌を這いこませる。
いいと言ってもらえなくても止めないけれど、と唇を合わせたまま自嘲気味に笑えば、気配に気づいたカカシに頭を小突かれる。

「こんなときに笑ってんじゃないよ」
「こんなときって、どんなときですか」
「ナニするときでしょ」
「ナニってなんですか」
「・・・・・・イケナイ事、だろ」


ああ!
「イケナイ事」!

その響きに視界が揺れ、身体が熱くなる。
最後の抵抗とばかりに固く窄まる場所は、指を掛けて強引に割り開けばひくりと妖しく震えてみせた。


中はグズグズと熱く融け崩れている。
肉を差し込み、身体を揺らし、啼いて啼かせて泣き喚くまで貫き続ける。

夏の夜の大波小波。
夜はいつまでも明けず。






















「お願いがあります」
「んー・・・?何なのあらたまっちゃって」
「今夜一晩、あなたを、ボクの好きにさせてください」
「・・・は?」
「明日、」
「明日?」
「何の日だか、ご存知ですか」
「・・・・・・、あー・・・」
「だから、お願いします先輩」
「はぁ」
「年に一度の楽しみなんです」
「あぁ・・・そう」

いつも好き勝手してるくせに、と呟いたところで、この便利な口布と愛読書はうまいことそれをかき消して、目の前の酔っ払いは少し怪訝そうに眉を寄せただけだった。

齢の半分以上をなんだかんだと共に過ごしてきた。
そしていまや「ボクの尊敬する偉大なるカカシ先輩」の尻を毎晩のように遠慮なく掻き回すまでになった無礼な後輩は、どうやら年齢を重ねるのを恐れているらしい。

「27になったら、もう、いままでみたいに満足させてあげられないかもしれないですから」

ふざけたことを真顔で言い切るその精神構造は長年の付き合いを以ってしても理解しかねる。
誕生日を迎えた途端に精力がガタ落ちするなんて話は聞いたことがない。

第一、夕飯時に缶ビール数本ずつの祝杯で(本人曰く、前夜祭と)どれだけ酔っ払ったというのか。
単純な物事をグダグダに小難しい説教をおっぱじめるクダ巻き絡み酒はコイツの十八番だが、それにしても下戸が過ぎる。

「いつまでたってもあなたにはかなわないから」

赤い顔で可愛いことを云うから可愛くない。
そうすると今夜一晩の片目瞑りもするに吝かでないなんて思いはじめてしまうのだから。

一年に、たった一度。

「プレゼントも兼ねて、ちょっとした刺激をボクにください」


もうとっくに手の内に落ちているのに、気づきもしない鈍い男。
否、気づいているのか。
気づいていながらその優等生面で俺をだまくらかし続けているとすれば、立派すぎる手管じゃないか。
俺も落ちたもんだ、と自嘲に口端を緩めれば、目の前の猫がズイと大きな身体を寄せてきた。

「だめですか」
「いや、いいよ」
「本当ですか」
「ああ・・・ただな」
「なんですか」
「オマエのしようとしてることは・・・」

サイドテーブルへ本を置き口布を引き下ろす。
ひきつけられるようにこちらを見ているヤツの瞳孔がカッと開く。
危うく血走り気味の黒目勝ちな目。
まったくわかりやすく、盛り易い。
どこの飼い主もがかわいい飼い猫にそうするように、俺は襟の後ろに手をかけてヤツの頭を引き寄せた。

「・・・イケナイ事、なんだぞ」


涅色の頭を胸に掻き抱いて耳元に囁く。
瞬間に1度ほどは上がったであろう体温を感じ、香ばしい木の実のようなテンゾウの匂いがふと鼻先を掠めた。
と同時に俺は軽々抱き上げられ、隣の寝室へ連れ去られ。



夜は、そのまま。

























そしてさようなら26歳のボク!
また1年、真夏の夜の夢のような昨夜の出来事を思い出しながらお仕事に励みます!
また1年、どうか途中で死んだりしませんように!
そしてまた来年の今日、こうしてこの愛しい人と朝を迎えられますように!




次の年も、その次の年もこうして片目瞑りを続けていれば、
いつかこいつは歳を取ることを恐れなくなるのだろうか。
ただ単純に、いつまでも隣にいて欲しいと思う。
こうして特別な日の朝をいっしょに迎えさせてほしいと思う。








涼やかな風の一陣が窓掛けを揺らす。
細く開けた窓でひょおと吹き鳴らされた呼子も背中合わせのふたりの静かな眠りを覚ます気配はない。


ああ、またはじまったのだ。




















2009/08/10

(it's a special day)










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