その口で責めて






「このぼくから・・・に、逃げられると思うのかい?」





 いつもながらその遊びは唐突にはじまった。
 なんのひねりもない遊びだ。
 第一、ぼくは参加を表明してもいないのに。

「んじゃあ先にしくじった方が負けね」
「え・・・」
「負けたほうが、今度の任務のあと七班全員にラーメンおごること」
「ラーメン、任務のあとにそんな濃ゆ・・・っていうか、えええー?」
「あと、負けたほうに電気ビリビリの刑」
「電気って・・・・・ちょっと!なんでぼくが負ける前提なんですか・・・!」
「ハイ、始めェ」


 酔っ払ったカカシさんの合図でこのくだらないゲームがはじまって、すでに30分が経過している。
 にやにやと生野菜サラダをつつくカカシさんを前にぼくは無言、ただひたすら酒のあとの牛丼がひどく重たく胃にたまってゆく。

 里長主催の年末慰労会がはねたあと、牛丼が喰いたいといって聞かなかった人に伴って此処に来た。
 しかし、ぼくは明らかに選択ミスを犯している。
 いつもの「並つゆだくギョクお新香あと味噌汁」は、あきらかに今日のぼくの胃袋のキャパシティを越えていたということだ。

 つゆでべしょべしょになった飯にようやく目処がつき、ぼくはただひたすらに底を目指してそれを箸に乗せては口へ運んでいる。
 若干の酩酊とひどい満腹感、くだらないゲームのとばっちり。
 すべからく虚ろ、カカシさんの箸がひとのお新香を勝手につまんでいくのをぼくはぼーっとしたまま目で追っていた。

「・・・・・・」
「・・・何見てんのよ、お新香ぐらいいいでしょ」
「い、いや、うん・・・別に・・・」

 カカシさんは底に残ったぬるいビールをぼくのコップに注ぎ足す。
 そろそろ行くかと言われ、ぼくは慌てて飯粒をかき込み、ビールを飲み干してカカシさんのあとを追った。

 言いたいことはある。でもなるべく言いたくない、というか口をききたくない。
 ただその一心でご一緒のお会計、牛丼並盛1、牛皿並盛1、瓶ビール1本、生野菜サラダ1、玉子1、お新香1、味噌汁1 の計1390両を支払う。

「ごちそうさ、ま」

 さっさと暖簾を出て行ったくせに、にっこりと笑って先手を打たれれば反論のしようがなかった。
 いつもよりだいぶ近い囁きは耳にあたたかいが、今宵のぼくにとってはまさに悪魔のそれ。

「ああ、いえいえ・・・ええと・・・じゃあぼくはこれで」
「えーーーー」

 思わずびくつく。

「やだやだぁ帰りたくなーいー」
「や・・・明日はほら、朝、早いし」
「おーれーもーはーやーいー」

 そしてたじろぐぼくの肩をがっちりと抱え込んで、ひとこと。

「逃げられると思うなってばよ、ヤマト、たいちょう」

 サンタが町にやってくる、この日。
 悪魔が家についてきた。







-----







 カカシさんはもう寝ている。
 はずだった。


 玄関からフラフラながらも歩いてソファに倒れこみ、ぐだぐだしているカカシさんを見て心に決めた。
 こうなった以上、今夜はさっさと寝てもらうしかないだろう。

 たかがゲーム、されどゲーム。勝っても負けてもどうせぼくに得はない。
 しかし売られたケンカはどちらかといえば買う派だし、買ってしまったからには負けの二文字は男として許されるものではない。
 幸い、相手は酔っ払い。すぐ睡魔におそわれて寝てしまうに決まっている。

 ぼくはてきぱきと準備をすすめ、湯の頃合を見計らってカカシさんを風呂へ突っ込んだ。
 そして、上がったと同時にすかさず交代する。
 なるべくゆっくりと全身を洗い、湯船につかりながら歯を磨き、耳をそばだてる。
 居間からはテレビの音が消えたようだ。
 ドアを開け、静まり返ったのを確かめてぼくはようやく風呂を出た。


 が。


「待ってたってばよ、たいちょ・・・?」


 まだ、起きてた。

「ちょっと、あの・・・ナルトの真似は止め・・・」
「じゃあ、サイならいいんですか隊長」
「や、ホント・・・勘弁してくださ・・・」
「あーーーー!!!」
「わーーーーーー!!かかか、勘弁してくだサイ、なんちゃって」

 臨機応変はあだになり、微妙な空気が辺りを包んだ。
 一瞬にして真顔に戻ったカカシさんが失敗を蔑むような目でぼくを見る。

「・・・ビリビリ?」
「い、やだなぁハハハハハ、ぼくがそんな失敗をするはずがないだろう」
「ですよねーなんてったって隊長なんですからねー」
「そうともハハハハ」


 もうおわかりだろうか。
 ぼくは今夜、なぜか七班の面子に話すような口調で喋ることを強要されている。

 なぁんであいつらの前ではあんなに偉そうにしちゃてんのオマエ。テンゾウのくせに生意気。
 そんな酔っ払いのひとことが、こんなにひどい罰ゲームつきの罰ゲームみたいなことに発展してしまった。

「じゃあオレがやつらの真似してやるよ。そのほうが話しやすいだろ」

 そんな要らない気遣いをしてくれたカカシさんはいちおう、というかれっきとした年上、先輩なのだ。
 この人に向かって上から目線で口をきくなんて事は今まで許されたことはないし、ぼくだってそうしたいと思ったことなどない。
 だから今夜、ぼくに科されたこの仕打ちはいくらなんでも・・・

「む、無理・・・」
「無理ィ・・・?」
「無理・・・だよ・・・カカシさん」
「さんはいらない」
「それこそムリ・・・」

 顔を背け、もう寝ましょうと言ったところで見逃してもらえる相手ではない。
 偉大なる酔っ払いのカカシ先輩が相手では、さすがのぼくもどうしようもない。


 そしてこの状況はどうだ。
 腕が腕に絡み、長い脚は太ももに巻きついて密着している。当然、腰骨の辺りにまだふんわり、柔らかい感触。
 普段ならこんな思わせぶりは大歓迎のはずなのに、今日のぼくはただただ顔をひきつらせて笑うばかりだ。



 どうしようもないこの状況を、それでもどうにか打破しようと考える。

 そんなぼくのこめかみに、やわらかいものが触れた。
 やわらかいものは頬に、そして耳に。

 ひらめく。
 と同時に、身体がカッと熱くなった。

 どうしようもないなら、いっそどうにもできないようにしてしまえばいい。
 答えられないなら、話せないようにしてしまえばいい。
 素早く身体を反転させて、何か云おうとする唇を唇でふさいだ。

「ん・・・っ、ヤ、マ・・・」
「・・・黙って」

 舌でその舌を意地悪ごと押し包み、舐めてなぶり、吸い上げる。
 だんだんと喘ぐように短くなる呼吸を、それでもやさしく奪い続けた。
 無理をさせてでも時間を稼いでぼくはひたすら考える。
 どうしようか。
 もういっそ口枷でもはめて、縛り上げてしまおうか。

「〜〜っ・・・!っは!ちょっ、テンゾ・・・苦しい!」
「・・・」
「この状況で・・・オマエ、やる気なの?」

 いい度胸だねぇとでも言いたげにカカシさんは薄ら笑った。

「言っとくけど、ダンマリとか猿轡とかナシだぞ、って、聞いてんの?」






 ぷち。         ・・・・・・・ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ






 ああ、聞こえた。聞こえたよ。
 あなたの認めた男の中で、何かが切れた音がした。
 轟音と共に開く奥底、それは禁断の扉―。


「・・・聞いてんの、じゃないだろう?」
「・・・はぁ?!」
「聞こえてるんですか、だろう?そこは」

 地を這うような低声に不穏なオーラをまとわせて、カカシさんをきつく腕に閉じ込めた。

「このぼくから・・・キミは・・・・・・に、逃げられるとでも思ってるのかい?」


 慣れない台詞に噛みはしたけど、それも最初だけ。






-----






「もう、いい・・・も・・・止め、そこ、テ・・・ンぁ、あ・・・ああ!」

 突き入れた指を押し付けた拳ごと揺らしてやる。
 限界まで開かせて自らの手で支えさせた脚先がぼくのうしろで宙を掻く。
 中を穿る指で好い所を圧し、カチカチに張り詰めた血肉を締めたつけたまましごき上げ、しごき下ろす。
 カカシさんは女みたいな声で喘ぎ、もう止めてくれ、と泣き言をいった。

 口では止めろといっているくせに、その手をいやらしく滑らせては自分で臀を割るように掴んでみせたりする狡い人。
 そんなのは、ぼくの中のぼくをますます悦ばせるばかりだ。

「よくないよ・・・ぼくが満足するまで黙ってるんだ」
「あ、ああっ・・・!もぅ止め・・・オマエ、性格まで変わってる・・・」

 なんなのもう、と汗で張り付く銀の髪の隙間から見上げるのはぼんやりと涙目、すでに焦点を結んではいない。

 その媚態。泣き声も、苦しみに潤かされた眼もすべてがいやらしい。
 原因は、アナタだ。

「いけないのは・・・、キミだろう?ぼくをこんなふうにしたのは」

 こんなふうになってしまった分身を行くべき場所へ浅く入れ込み、ゆっくりと体重を乗せる。
 ぐぷりと妙な音で薄い肉を震わせながら、切先がめり込んでいく。
 熱い息を吐きながらすべてを受け入れて、カカシさんはぼくを見上げた。

「・・・ ?」

 怪訝そうにしているのは、ぼくがいつまでたっても動かないからだろう。

「ん・・・、・・・ねぇ」
「何」
「・・・」
「言わなきゃわからない」
「・・・エロおやじ」
「その口のきき方は、どうなんだろうね」

 律動を誘いたい腰がぼくの下で揺らめいている。
 押し付けられる腰をゆるゆるとかわしながら、ぼくは背を丸め、ぷくりと立ち上がった胸の突起を舌でねぶった。
 カカシさんはじれったそうにぼくの髪をかき混ぜて、のどを鳴らしている。


 ねだってみればいい。
 しなのある言葉で、ぼくを、責めてみな。



「言わなきゃ、しないよ」
「も、止め・・・その喋り方、止めろ」
「ぼくの勝ちだ」
「わかったから・・・早く」

 理性なんて、とっくに焼き切れてた。
 みだらがましい指がぼくを引き寄せるから、腕に力を込め、ばねのように勢いをつけて腰を打ち付けた。

 そのあとも腰を振りながら、ぼくはカカシさんの耳に口を寄せて例の口調で囁き続けた。
 嫌だとか止めろとか口の減らない人を生殺しのやり方で責めに責めて、最後には必ず啼き喘ぎの声で返事をさせた。
 でもそのたびにぼくを咥え込んだ場所はぎゅうぎゅう窄まっているんだから、本当にこの人はずるい人だと思う。

 ぼくの下、めちゃくちゃに手繰り寄せたシーツを両手で掴み、首を振ってしどろなさま。

 薄ら暗い悦びに、思わず乾いた唇を舐めた。


 この人、まるで降参のポーズじゃないか。







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 翌朝、悪いコのぼくらの枕元にサンタからのプレゼントはなかった。


 しかし隣にはすいよすいよと寝息を立てて、すっかり疲れてしまったであろうぼくの可愛いヒト。

「アナタが悪いんですよ・・・?」

 そう独りごちて髪を撫で、頬に触れるだけのキスをした。

 寝顔に愁眉が浮かぶ。
 そしてあろうことかカカシさんの手がすすすと動き、その手で触れてきたのはぼくの大事な・・・。

 寝ているのになんてエッチなひとなんだ!
 否、起きているのか?

 触れた先のボクはしおしおとお疲れモードだけど、そう来るなら仕方ない。
 時計を見、40分は余裕があることを確かめる。ぼくの中のぼくのサインは『ゴー』だ。
 なにしろ、売られたケンカは買う派。
 早速ぐいとその手に腰を押し付けると、長い指がやさしく柔らかく・・・




 まったく朝からこの人は。
 しあわせだ。
 しあわせすぎてむしろ怖いくらいだ。ははは。



 みんな、メリークリスマス!




   


















2008/12/26


(もちろんこのあと大惨事)
(電気ビリビリの刑で陰毛半分焦げ落ちの刑)







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