おもしろいもの見つけたら、そりゃあ追っかけたくなる。
 その気持ちはわからなくもない。

 どうやら催促はDVDそのものではなく、観たのか観てねぇのかってことを聞きたいだけらしかった。

「わ、わざわざこんなとこまで来て、な、なんだよ・・・」
「わざわざってのは違うなぁ。・・・俺、たまたま部室に用があって来ただけだから。そこにアンタがいたってだけの話だから」
「、っ・・・」

 手に持ったグローブを取り落としたりして、彼のあわてっぷりは傍目にも明らかだ。

「じゃ、じゃあ!さっさと用を済ませてくればいいだろ!悪いけどオレ、まだ片づけが・・・」
「おっと」
 
 松本の長い手足はこんなときにこそ武器だ。
 広げた腕に行く先を阻まれた彼は今度はバットを手から滑らせ、転がったバットが部室棟の廊下にカララーンと派手な音を響かせた。

「今度のカレーパーティーん時、あれ、持って来いよ。みんなで観ようぜェ」
「はぁ・・・!?なんで松本が来るんだよっ」
「俺もお呼ばれしたんだよ。・・・悪いか?」
「や・・・、べ、別にいいけどっ、なんで・・・なんでパーティーのこと知ってるんだよ・・・?」
「証拠写真。写メってたやつがいんだよ。ずいぶん楽しそうにジャレてたじゃねぇの」
「はぁぁ!?証拠写真?・・・いつ?誰だよそれ撮ったやつ!?」
「まぁまぁ細かいことはどーでもいいんだよ・・・、つうか俺行くわ。んじゃあな、DVD忘れんなよ!」
「あ、ああ・・・うん・・・」


(あーあーあー・・・ つうかそうなの?そうなっちゃうの?やっぱり)

 開きかけたドアのうしろでコッソリしてた俺も俺だけど、見えて聞こえちまったもんは仕方ない。
 とぼとぼと歩いてくる夕日が水泳部の部室前を通り過ぎるのを見計らって、勢いよくドアを開けた。

「う、っわ!!」
「あー・・・、ごめんごめん。ぶつかっちゃった?」
「いや、平気・・・」
「いやぁほんとごめん。ごめんね!」
「や、別になんともないし・・・、・・・じゃあ」
「あーちょっとちょっと」
「・・・何?」
「ね、夕日くん、あのさ・・・」

 勝手に写メっちゃってごめんね!
 でもだってとっても楽しそうだったから、気になっちゃってさ。

「・・・・・・、何?」
「えーーーっと、なんだっけ?あれ?忘れちゃったな」
「・・・あのさ、今度でいいかな。オレ、まだ部活の途中なんだ」
「あーもう、全然いいよ。ごめんね!部活がんばって」
「ああ・・・、じゃ」

 埃っぽいの練習用ユニフォームに目深にかぶった帽子。
 その下で赤くなったり青くなったり、表情はずいぶん忙しかった。
 普段は本ばっか読んでるからどんなヤローかと思えば、あれじゃまるでていの好いオモチャだ。
 ちょっといじられただけでベロッとむき出しになっちゃって、ああいうのが好きな奴にはたまんないだろう。
 
 さすがにオレにはまだ見せてくれない、その中身。

 グラウンドに向かって歩く急ぎ足の後ろ姿を見ながら、モロに当たる西日に目を眇める。
 首にかけたヘッドフォンから漏れるのはミディアムテンポのアシッドジャズで、全然気分じゃなくて。
 そのまましばらくはipodをいじりながら、どうやらオレはしきりに日焼けで乾いた唇を舐めていた。

 いちばん奥、突き当たりの部屋のドアが開き、ヤツが出てくる。

「よぉ、イジメっ子」
「人聞きの悪いこと云ってんじゃないよ」
「松っちゃんはあれだね、好きな子に意地悪するタイプでしょ、昔っから」
「・・・だったら何だよ」
「別に。彼、オモロイもんね」
「・・・、・・・DVD」
「ん?」
「DVDをな、貸しただけだっつうの」
「ふーん・・・、・・・何の?」
「あの例の、亮ちんの」
「え!あれ?あれ貸したの?!」
「そうそう」
「うええぇ・・・ あれさ、オレ亮ちんがあんなの持ってるだけで心配でたまらないのに」
「はは」
「だってアイツ、自分では『俺はやさしいぜー』とか云ってっけど、絶対オンナにAVの真似事とかしようとするタイプだぜ」
「でもいくらなんでもゴーカンはしねぇでしょ」
「そのあたりが怪しいから怖いんだよー」
「あの無邪気さがな」
「あの無邪気さがよーー」

 で、そんなガチなDVDを又貸しした─、
 いや、たぶん、これはオレの予想だけど、無理矢理押し付けたに違いないコイツも大概鬼畜だ。

「夕日くん、かわいそー」
「・・・はっ」
 
 たいていのことは鼻で笑いやがるこの奇妙な余裕も。

「好きなコにはもうちょっとやさしくしたげればいいのに」
「好き、とか云ってんじゃねーよ」
「そうかねぇ」
「ったりめーだろ」

 そうなのかねぇ。
 そうは思えないけど。

「まぁね、だいたいさ、ほったらかしのオモチャってのは、誰かに拾われたときに後悔するもんなんだよ」

 
 あれを見たら、オレだって って思っちゃったりして。








 首にかけたヘッドフォンから漏れるドンシャリノイズ。
 曲は「絶望遊戯」。
 普段なら耳障りな歌声も今は最高に気分だ。
 
 追いかけるのは誰か。
 逃げるのは誰か。
 誰が鬼で、誰が逃げるのか。
 鬼は、誰だ。




「オレ、最終下校時刻の放送流してから帰るわ」
「ああ」
 
 この程度の沈黙に逃げを打つほどオレは腰抜けじゃない。
 いつもならサボタージュ決め込むはずの部長仕事、たまたま気が向いたから今日は行くってだけのこと。 
 
「なんだよ、帰らねェの?松っちゃんこっちじゃねぇだろ」
「・・・いーんだよ」


 結局放送室のドアの前までなにげない会話は続いた。
 と、ふとそこで昼休みに回し読みしていた雑誌にあった性格占い、それをネタに馬鹿笑いしたことを思い出す。

『極S』
『飴と鞭』
『そんなアナタは独占欲がとても強いので・・・』




 振り返る。

 でもこんなときにこそ武器だと知っていたはずの身体で戸口を塞ぐように立たれては、もはや部屋の奥に後ずさるしかなかった。
 PA卓の前で、オレは咄嗟にマイクロフォンの電源が入ってないことを目だけで確認する。
 薄暗い部屋の中、泳いだ視線がヤツとかちあって、まさかがまさにそのまさかであると知る。
 
「それとさ・・・、ほっさん、ヘッドフォンはずしとけよ」

 壊れちゃうから。

 

 腰にぶら下げた金属がヤツの手の中で物騒な音を立てていた。
 いつの間にか、鬼はうしろに。
 
 
 
 















2009/07/13

(追いかけていたはずが)














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