「テンゾウ、オレ、すきなの・・・」
「ねぇ、すき、・・・オマエのが、欲しいの」


 そう云って腰にまとわりつく細い腕をとってそっと外し、テンゾウは困った顔をして笑う。

「コラコラ、危ないよ。今は火を使っているんだから・・・」

 なぜか今、カカシは子ども時代の姿に戻っていた。
 玄関でサンダルを脱ぐのももどかしく、その身丈には大きすぎる背嚢と、額宛て、ベスト、長袖、さらにはズボンとパンツまでを次々と廊下へ脱ぎ散らかして、カカシは帰るなり台所に立つテンゾウに飛びついてきたのだった。

「好き・・・!ねぇテンゾウっ、オレ、好き!好きっっ」
「はは・・・わかった、わかったからホラ、手を洗って、うがいをして」

 身をかがめ、ヒザをついてテンゾウはカカシに目線を合わせた。
 頬をほんのりと染め、まっすぐに見つめる色違いの瞳に嘘は無い。

「・・・わかってるよ」

 いつだって男は真実を知っていた。

 小さな膝小僧をもじもじとさせているカカシをそっと抱き寄せると、ふわりと土のにおいがした。
 太陽と大空の下で笑い、泣き、走り回った子どもの匂いだ。
 だぼついたアンダーの脇から指先が肌に触れる。
 抱き寄せた布越しに、とくとくと早まる鼓動を感じる。

 しかしテンゾウは本当のことを知っている。
 いくら子どもだろうと、なにもあわてて好物をくれてやることはない。

「キミには、こっちだよ」

 そう云って扉を開けると、テンゾウはおもむろに何かを取り出した。
 そしてカカシの目の前にそれを掲げ、ひとこと。

「これも、ボクのみたいに・・・美味しそうだと思わないかい?」



 瞬間。

 シュッっと空を切る鋭い音が響く。
 ひとつ後ろっ跳びに間合いをとったカカシが叫んだ。

「テンゾウひどい!」

「・・・キミこそいけない子だな、家の中でクナイなんか投げて」
「オレ、好きって云ったのに!」
「ああ、ボクも好きだ」
「じゃあなんでっ・・・どうしてっ?!オレ、そんなのイヤ!テンゾウのが欲しいって云ったのに!!」

「好きだからだよ・・・」

 カカシの投げたクナイを抜くと、テンゾウは間一髪で自らを助けたそれをそっと網の上へ乗せた。

「こんなに美味しそうなのに、粗末にして・・・」


「オマエが勝手にそれを盾にしたんでしょ!」
「ホントに、もしこれが冷凍庫から出したてのカッチカチに凍ったアジの干物じゃなかったらボクは死んでたよ?」
「そんなもの焼いたって、オレ、食べないからねっ」
「好きにしなさい。でもサンマはボクのものだ」
「ヤダッ!任務で2ヶ月も砂隠れに行かされてたんだぞ!」
「通りで埃っぽい匂いがするはずだ」
「カッサカサに乾いたもんばっか食べて、帰ってきたら旬が終わってるってどういうことだよ!!」
「ああ、その通り・・・魚屋の大将が云ってたよ、『そろそろ脂が乗ってるのも今年はこれで最後だな』って」
「寄越せよ!!そのサンマ!!!」
「残念だけど一匹しかない」
「なんで二匹買っとかないんだよっ!建物の外まであんなにいい匂いさせやがって・・・!」
「鼻が良すぎるのも困りものだね」
「来たらオマエの部屋だったからっ!おかげでオレは恥も外聞も捨ててオマエの変態趣味のためにこうやって仔変化まで・・・っ、クソッ!!」

 鋭く金属のぶつかる音。
 カカシの投げたクナイが火花を散らした。
 はじかれて軌道のずれた鉄製の真魚箸がカカシの足元に突き刺さる。

「あっぶないよテンゾウ、オマエ、何投げてんのよ!!」

「えーえー、通りでかわいい格好してると思いました!どうせそんなこったろうと思いましたよ!でも変態ってなんですかヘンタイって!」
「なによ!本当のことでしょ!ヘンタイ!テンゾウの変態!!ショ○コン!!!」
「ちょ・・・何云ってんですか!先に乳首擦り付けてフンフン鼻息荒くしてたのはそっちでしょうが!」
「何をぉぉぅ?!」
「やんですか、やるんですかっ」










 そして数十分後、ちゃぶ台を囲むふたりの男は共に目に涙をためていた。

 それぞれの目の前に、炭ふたつ。


 どちらからともなく途中交換して食した皿に、さほどの違いは無かったらしい。
 のちのカカシはそう語り、ふたたびテンゾウを怒らせたわけだが、聞けば話はどっちもどっち、詳しいことはまたいずれ。









2009/10/15











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