夜はまだ早い。
まずはあんたの好きなやつをやりましょうか。
散々くちくちと舐めては吸うようなキスを交わしたあとにそう云われては意地悪い。
身体を離される前に熱源をつかまえようとしたオレの手をやんわりといなし、ゲンマは柔らかな敷物の上にオレをうつぶせにした。
「ほら、ゆっくり・・・そう、リラックスして」
薄い浴衣の生地を通して、背中に置かれた両手を感じる。
まず指先に触れ、ゲンマの手は滑るように動きはじめた。
「ん、ああ・・・それ、ひさしぶりだね」
末端から体躯の中心に向けて、全身に散らばった疲労と酩酊が押し戻されるようだった。
決して強く揉んだり押したりしない、筋の流れにそって動くだけのあたたかなてのひら。
時々皮膚の薄い場所にとどまっては、く、と指を押し当てられ、オレは誘う声で啼かされる。
「ん、ぁ・・・」
「やらしい声を出さんでくださいよ」
「だって」
まぁ焦りなさんなと苦笑と共にころりと仰向けにされて、今度は手首から腕、肩関節、鎖骨。
舌戦よりも今は眼を閉じる。
すべてから力が抜け、深い鼻呼吸のたびに臍が蕩けて床に落ちてゆく感覚。
一日の終わりの気だるさと酒気が相俟って、身体の中心に集められた温かさが波になって押し寄せ、引いてゆく。
追いかけたくなるようなえもいわれぬ感覚。
ことのまえぶれ。
だからなのか、気づけばオレは云わない言葉を言わされている。
「もち、ぃ」
「・・・何」
「そこ・・・きもち、い」
いつのまにか全身をくまなく湿らせるゲンマの舌に震え、もだえて。
「ずいぶん好さそうですね」
「ん、っぁ、やめ・・・」
「やめ・・・?」
「・・・ないでよ」
「・・・かわいいこと云って」
「―っ、ふ・・・あぁ・・・!」
油に濡れたような染みができた場所を舌先でつつかれ、吐息が声になる。
その唇に焦れて揺れる腰を押し付ける。
動けないんじゃなかったんですか、と人の股ぐらで舌を使いながら、いやらしい顔で笑う男。
最初に色めかしい目をしたのはそっちのくせに。
そう云ってやる代わり、オレは硬くなったものをゲンマの顎先に押し付けた。
「どうしてくれんの」
挑発に、艶かしい舌がふちを探る。
突き上げられて引っかかる布地を歯で咥えたまま、ゲンマは器用にそれを足から抜き取ってみせた。
足指をしゃぶり、爪先から戻る舌が門渡りを辿る。
柔らかく丸みを揺らし、伸びきった筋を舐め上げていく。
先端で触れるか触れないかの舌先が透明な糸を引くのが見えた。
そして硬くなったものは半ばまで喰われ、目の前に揺れるのは暗く光をはじく金の糸。
うねり波打ち、吸い込むような刺激がのどの奥の筋肉と舌のすべてを使って与えられる。
舐めるとかしゃぶるとかそういうのでは表せないやり方に、思わず手を伸ばして触れ、掴み、それを乱した。
「ん、あぁ・・・、や、」
力の抜けた臀の筋肉を割るように這う指が、奥まった部分を押すようにほぐす。
浅く、深く、中を捻られ、一瞬上へ逃げた腿に腕が巻きついた。
「どうして、好きでしょう、これ・・・」
「―っ! あ、あぁっ・・・」
与えられすぎて、何をどうされているのかがまったくわからないぬめりの中、ふいに意識が明滅する。
靄のかかった快感を一層強く吸いあげられて9秒間。
交互にやってくる緊張と痙攣。そして弛緩。
ゲンマが顎を上げる。薄っすらと口を開いている。
乱れる脈は今度こそ本当に隠しようがなくて、どうにか肘をつき上体を起こしたオレの唇は震えていた。
ただ呆然と、今しがた放ったばかりの白濁が引き締まった肉感のある唇端をとろりと濡らしながら溜まっているのを目に映す。
止まらない。
赤い舌が白をまろばせ、逸らさない目線で先へと煽る。
止まってやるつもりもない。
まったく狡猾で、悪趣味で、ひどい。たまらない。
身震いしそうになるのを耐えて口を引き結んだオレを笑い、ゲンマはゆっくりと喉を上下させながらそれを呑み込んだ。
「・・・酒、飲み過ぎましたか」
「そんなことないよ」
「にしちゃあずいぶん焦らされたかな」
憎い口を利きながらふと目尻を和ませて、それでも隠せない慾火が瞳にいっそう金を灯す。
膝裏にかけた手がみっともなくオレをひしゃげ、まだ粘りの残る舌でわずかに残る結びを解かれると、喉の奥からこぼれ出す声は止めようがなかった。
そして黙ったままに押し当てられたのは満ちた熱。
にべもしゃしゃりもない寒がり男の、単純な熱だ。
「だめだ、オレ今日・・・」
「・・・なんで」
「だめみたい」
「だめでもしますよ」
「早くして」
「・・・だめなんじゃないんですか」
「だめになりそうだから、早くしてって・・・云ってる」
ゲンマの眼が糸のように細められた。
ひと息、さきほどまでとは違う余裕の無さがあたたかに正気を捨てて、オレを貫いてゆく。
(了)
2008/12/18
(揺り揺られ、行く先は)
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