内炎
あなたは抱かれていた。
男に、組み敷かれていた。
僕が見たのは確かに、雄同士の。
忘れもしない暑い夜。
灯された蝋燭に誘われて近づき、燃え果てた羽虫。
僕もあのときに燃え果てていたなら。
ああ ああ と強く穿たれるたび声に成らない声を洩らして
ゆっくりと右へ左へ首を傾げながら
汗ばむ咽喉元を明らかにさらして、今ならきっとどんなに下手な獣だってあなたを狩ることが出来る。
何も見ていない両の眼は僅かに開けられ、ただ細く薄く、色違いの瞳孔。
虚空を彷徨い、未だ見えぬ頂きを浅ましく探る。
澱む空気に気配を埋め、僕はそして全てを見ていた。
見慣れた様な、しかして僕のとは似つかぬ色容の交接器が、あなたにめり込んでいた。
苦しがる様子など微塵も無く、耳に届くのは取り違えようも無い、嬌声。
薄い肉の頬は色に染まって上気して、炎を映しているだけではなかったのだ。
善がって止められない声を上げているんだろう?
男に抱かれて!
驚嘆と好奇と、侮蔑と落胆と。
けれども支配された僕は、後ずさりなどしなかった。
のろのろと首がこちらに廻り、やがてあなたが僕を見止めた時だって
その視線を返してやって、逸らしたりはしなかったんだ。
厭ダ見ないでと懇願し、そのまま見ててとあなたは云った。
行かないでと、其処に居ろと、いやらしく自分を見ていて欲しいと。
絶望の眼は涙を湛えて僕に云ったはずだ!
そして確かに其処にあった絶望と軋轢こそが、あなたの肌を撫ぜ回していた。
しばらくあとにはオッドアイはきつく瞑られ見えなくなって
唯唯にしかむる愁眉の濃銀。
苦痛なのか、それとも他の何かなのか、わからなかった。
けれども力を込めて掴む指と爪は、男の腕に食い込んだ。
あなたにもその男にも、そして僕にも。
同じく黥された赤色の上に、ぎりり。
いくらかして、あなたは爆ぜた。
しなだれる腕は何も縋る由など無いのにしっとりと絡み
なにものでもない感情が僕の中に、あれは怒りが湧いたんだ。
そのうちにまた男も、何事かをあなたに喚きながら乱打し、果てる。
酷い言葉だったように思う。
ずるりと引き抜かれたあとに糸を引いたのに、猥画を見るみたいに咽喉を鳴らして
それなのに行為の意味は、僕に理解できようはずがなかった。
そして男は立ち去って、ただ捨て置かれた夜伽相手。
それを僕にくれよ!
僕に寄越せ!
小さな種火は煽られて、そして今もなお燻る。
粒になった汗が額に浮き上がるのも
嗅ぎ慣れたのとは違う精液の匂いも
くたりと投げ出された手も指も
こびりついて。
今ならわかる。
僕ならもっと。
今の僕ならもっと、もっと。
処構わずあなたに擦りつける。
望んでいただろうと、視線で慰撫し、蹂躙する。
独りの時には、あの時を思い出しながら慰める。
そうして数多土に吸わせた落胤は明日またあなたに絶望を気づかせる。
僕はあなたを抱いています、と。
困ったように眉を下げ
それでも眼の光を歪ませることすらしないあなたを
殊更に離れ難いと思ってしまっている。
誤解でも、曲解でも無い。
僕のものになったら好い。
あなたは僕のものになったら好いんだ。
ひどくやさしい気持ちで、そう思う。
2007/08/15
(あのときから、何かが変わってしまった)
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