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訊けば、思いがけない答えが返ってきた。

こんな日に独りヒマというのは寂しいものだろうと労しく思い、じゃあ早めに帰れたらメシでもどうですか と誘った僕の気遣いも知らないで、オマエと一緒じゃあねぇなんて失礼にもほどがある白け顔で返される。

外でメシ喰うって云ったら絶対呑み屋に行くつもりだもんな、この人は。

ぐぅの音も出ない。その件については反論の余地は無し。

僕は、下戸。 カカシセンパイは、ザル。 というかワク。


以前、というかだいぶ前、あれはまだセンパイが上忍師になるよりもずっと前。 ふたりで呑みに行った時の話。

もうそれはそれは豪い目にあった。散々な酒だった。

偉大なカカシセンパイのお供できて光栄です なんて、若かった僕は舞い上がっちゃって呑むわ喰うわあげく吐くわ、センパイも面白がって呑まして喰わしたもんだからちゃんと介抱してくれたけど、次の日もツーマンセルで組んだのに僕は二日酔、センパイは睡眠不足で仕事どころじゃあ無かった。

以来、悲しい哉、お誘いの言葉はかからない。

いや、たとえお供させてもらえたとしてももう酒は一滴も呑むまいと固く心に誓った、思い出深い出来事。 若気の至り。



僕は、あのときの胃のむかつきが思い出されてどよんと胸の奥が詰まり、言葉に詰まっていた。

すると幸か不幸か、いや、どちらかというと此れは絶対幸なんだけど、メシだけならオマエんちで喰わせてよ なんていうこれまた予想外の助け舟を出されて、まさかそうくるとは思わなかったから僕は自分の不用意を少し呪った。

今日は冷蔵庫、なんかあったか。

盛大には出来そうにないんですけど、と心許無さを弁解する僕に、喰えれば何でもいいよ なんていう期待してませんと云わんばかりのお答えをもらってアレおかしいな僕はどちらかというと被虐の嗜好じゃないんだけど、俄然その気にさせられた。


――今思えばあれはセンパイお得意の口車だけど。







そういうわけがあって、本日の瞬身は任務後の残り少ないとこから練りだした最小のチャクラにして最高の出来栄えと云っても過言ではない。

無事に木の葉スーパーの閉店時間に間に合うどころか、閉店前のタイムセールで熟れ気味の安いトマトをたくさん手に入れる幸運にも見舞われた。

ああそうか今夜あたりは。

もしかすると中秋の、ってやつだ。

屋根の上に立って見上げれば、すっきりと澄んで秋の気配を滲ませた濃藍のとばりにクリーム色の月。

今夜、月の女神も、ツキの女神も僕の味方だ、なぁんて呆けたことを考えながら家へ急いだ。

殊にセンパイ絡みでは・・女子みたいだな、僕は。


はは。 

だって昔からなんだかんだけっこう構ってもらってる。


カカシセンパイは非常に興味を惹く人物だ。

風体そのものはかなり怪しい。いつも眠たそうな雰囲気で、猫背。 エロ本ばっかり読んでる。

けれどもひとたび敵を前にすれば他国に轟かせる勇名は伊達じゃない。 何度見てもその背は軍神を見紛う、強靭な忍。

初めて会ったのは戦場だった。

オマエとは術の相性が好いみたい ヨロシクね なんてぼんやりと云った『写輪眼のカカシ』は、新入りの僕にその隣の場所を与えた。

かわいそうな実験体というラベルを貼っつけられた僕に、気負わせることなく、正当な存在理由を加えた人。

その力で援護しろと物云わずとも赤い眼が伝えて、以来、僕もセンパイと組んだときにはそうすることに力を尽くしている。







だからまあ今夜は、そういういろいろもあるし、一緒にメシ喰うのも久しぶりだし、心づくしといっても涙が出るほどささやかだが歓待させてもらおうと思った。


買い置きのパスタがある。今朝のバゲットも、・・喰いちぎったまま放置してあるような気がするけど残ってる。

削って使うあの旨いチーズも。玉子。ニンニク。

幸いセンパイは少し遅れてくるということだったからきっちり煮詰めてトマトソースを作った。

若干の手前味噌、でもいつ作っても、旨い。

無論、今日も上出来過ぎて早々に腹が鳴いた。


「これ、ほんとにオマエが作ったの?」


3回、そう訊かれたからたぶん口に合ったんだと思いたい。

ひと口食べては ふうん とか へぇ とか云ってるだけだったけど、わかる。

残さずきれいに浚われた皿が何より雄弁だ。

この満足を自己満足と云うなら、もう、それはそれでいいと僕は、思った。





苦しい と呻きながらソファの上でのたうつ、長い腕。脚。

ソファに寝そべって収まるその痩躯のどこから、戦闘時に見せるようなとんでもない力が出てくるのかと、動きをじっと注視する。

あー、センパイ腹出てますね、ハラ。 出っ張ってます。

そう云うと、じろりと僕に一瞥くれて


「オマエの盛り付けは、一人分が多いんだよいつも・・・」


オレはお残しが出来ない人なの と、さも僕が悪いと云わんばかりに口を尖らせた。


「・・・」


ごくり と飲み込んでから口を開く僕は、学習する動物だ。


「・・・うちでメシ喰ったのなんて初めてじゃないですか。」


面白くないといった顔で立ち上がったセンパイは、リモコンを手にとった。

ぶぅんと磁界の変化の途端、鉄砲水のように流れてくる音。

邪魔された会話はこれ以上続かないんじゃないかと思ってしばらくの間、僕はセンパイと同じように、明日の天気を伝える姦しい――それでも他のチャンネルよりはいくらかましな、女の声に耳を傾ける。



果たして、不貞腐れたようなその呟きは雑音に紛れた。

それは聞いて聞き逃すはずのない質量を持って僕の心を弾いたことに、センパイは気づいただろうか。


「あの時、メシ、貰ったろ。」


と、この人は云ったんだ。





そう、あの時。







(続)














2007/09/04

(思い出す)




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