奔る炎に名をつけるなら、それは。
あの時の、波立つようにうねる無為に名をつけるなら、それは。
暗部の任務なんてのは大概殺伐としてて呑気に野営なんてことは滅多にない。
長引くだけ長引いて、結局は金子を積んでより多くの忍を雇ったほうが勝利するような阿呆くさい合戦に駆り出された時とか、そんな時ぐらいだ。
兵糧丸をはじめとする丸薬や、携帯食なんてのはいくらでもあったし、神経をすり減らしながら任務についているときに悠長に膳の前に座ってられるような毛の生えた胃の持ち主ってのは案外いないもんだった。
否、断じて毛は生えてないんだけれど、果たして僕はそんなときにこそ飯が喰いたくなる。
満たされて、肚が据わる とでも云おうか。
それはじゃりじゃりと味気ない丸薬なんかとは比べ物にならないほど、生きて生きようとする己の力の助けとなるものだ。
でもまあ、そんなふうに思うのは僕以外あまりいないようで、暗部の仲間に『飯、喰いたくないですか?』と問うても、さっきのセンパイと同じ、人を憐れむような視線を面越しに返されるのが大抵だった。
一度だけ、あるとすればそれはたった一度。
でかい葉を皿代わりにして竹筒から出した飯をちょうど半分ずつに盛った。
干した米を炊いたものはわりとたっぷり膨らんでいて、そんなに旨いものとは云えなかったのだろうけれど、今思えばあれは、あの時のふたりの空っぽ具合を満たすには必要にして充分な量と温度だった。
カカシセンパイは無言でそれを口に運んでいた。
僕も、無言で食べた。
僕はひとり、河原で糒を竹筒に入れた。
かち割った頭蓋から流れ出る脳髄や、喉元掻っ捌かれて動脈から吹き上がる鮮血。
見慣れたとはいえメシの時間に相応しくないものを思い出した。
おえ と呟いて、手のひらの上にチャクラを練る。
水が、滴る。
そんなこんなをたっぷりと洗ったこの川の流れで僕の貴重なメシを潤かす気にはどうしてもなれない。
手のひらに涌く水は細い筒口を満たして溢れ、滴り、小石を濡らして土に還る。
本来、糒は水でひたして食用するものだけど、どうやら今、僕の胃は温かいものを欲していた。
炊くか。拙いかな。
夕刻、此処より少し上流の方で敵方の小隊と接触したのを思い出す。
結局その小隊に生き残りは無かったし、殲滅状態まで追い込まれている相手方の本軍は今宵増援を待つはずだから、万一、煙が見えても進攻してくることはないだろう。
今日は昼も夜もない忍同士の戦いでなくてよかった。
安堵の息をついて膝をつき、しかし僕のチャクラはあいにく火を熾さないので燧道具を出してカチカチやる。
火は、なかなか点かなかった。
吹く風のない、暑い夜。
星も月も翳めて呑み込んでいくような熱っぽさに渦巻く大気。
早く と焦る指先は二度ほど道具を取り落とし、いっそ縮かんで動きを鈍くしていく。
じきに首筋はじっとりと汗ばみ、いつまでも続く鼓動が身体の裡からうるさく鼓膜を叩いていた。
重苦しい足どりに踏まれた大小の石が僕の後ろで じり と鳴る。
耳に沁みて、小さく掠れるような声が届く。
「何、やってんの・・」
そしてそれがまるで同じ調子にもう一度繰り返されて初めて、僕はゆっくりと声の主を振り向くことができた。
見上げた貌は月の陰になって見えなかったけれど、やはり虚ろだったと思う。
逆に、僕のはさぞかし明らかに照らされているんだろう。
仄明るいだけのはずの月明かりが眩しくて、僕は適切な表情をつくりあぐねた。
びりびりに破けた布――それはたぶんさっきまで着ていた服の、――を腰に巻き、白皙の体を足先までを包み隠して、屹立する姿態はまるで外つ国の塑像。
僅かに覗く跣の先がもぞもぞと居心地の悪いように動いているのを見て、返答をするべきだと、それも出来るだけ落ち着いてするべきだと僕は考えた。
足元に目線を落とし、できるだけ平静を装って静かに云った。
「・・飯、喰おうとおもって」
「・・ふぅん・・」
ふいと横を通り過ぎた時、前を見る、けれど虚ろな灰色の眼は僕を映さなかった。
紅い眼もまた開けられてぎろぎろと月明かりに照り、艶かしく覆う水膜に心を奪われる。
川に向かって歩きながら月光に洗われた髪は白い焔のようで、けれども裸の背は傷と汗と砂に塗れて汚れていて、僕の鼻に間違いがなければ布に覆われて見えないところからはたぶん薄く、血の匂い。
そうして、きれいなものと汚いものの差に陶然としてしまった僕は、射干玉の月を捕りこんだ水面へ吸い込まれるように入っていく姿をただ呆けたように見送った。
また、動けなかった。
あれは、さっきまで、男に抱かれていた体。