(そうだ ほけんしつにいこう)













 昼間だというのにカーテンが引かれ、室内は薄暗い。
 諸々の薬品のそれに混じって、ツンと鼻を衝く刺激臭。有機溶剤のような匂いだ。
 まずいところに来たかもしれない。いるべき人物の姿は見えなかった。それをいいことに、たちの悪い上級生がたむろしているのかもしれない。

 どくり。心臓が大きく脈を打つ感触。

(ああ・・・まただ)

 上級生、と考えただけで息が詰まりそうになるのをこらえ、踏み込んだ足を静かに引く。
 そして、ヤマトがドアを閉じようとしたその時、奥にあるベッドを囲うカーテンがゆらりと揺れた。

「・・・アラ」
「あ・・・ども」

 姿を現したその男こそ、この部屋にいてしかるべき人物。
 養護教諭の大蛇丸だった。



「・・・ちょっと・・・ごめんなさい、乾いていないの・・・失礼」

 素足で健康サンダルを踏みつけ、ずりずりと引きずって歩く。
 デスクの前に立つ両足の爪は黒っぽい赤に塗られ、遠目にもてらてらと光ってみえた。

「そんなとこに突っ立ってないで、お入りなさい」

 自らも事務椅子に腰を下ろし、自分の前の丸椅子を目で示す。

 ほぞを噛んだ。
 ドアを開け、姿を探したのは自分だったのに。
 見つけられ、呼び止められた気はなぜか重く、ヤマトは再びこの部屋に入ることに二の足を踏んだ。

 しかし今さら退くことも出来ず、仕方なく引くのは後ろ手にある金属のノブ。

「・・・失礼します」

 人の姿が見えない授業中の廊下に、立て付けの悪い音が響く。
 溢れる午前中の光が、背の後ろで閉じた。










2008/06/19



(夏も近いある日 火曜日 二限目)




48index / next