(nervous exhaustion)











駆けている間はそのまま飛んでいけそうなくらいに高揚した気持ちだった。

今はまた、かすかに聞こえる水音に意気消沈する現実。


(お風呂入ってるのかしら…)


夜鳥が飛ぶにはまだ時は早く、薄明るい夕暮れ時。人影はまばら。

戸の前に棒立ちのまま、何もできずにただぼんやりと考えていた。


どうしようかな。

そんな暢気を突然に掻き裂く、階上からの靴音。

不本意ながらそれに焦った人差し指が、勢いで呼び鈴を押した。


ぴぃぃんぽおおおぉん と響いた音はあまりに間抜けで少し腹立たしくなる。




でも、こうしているところを誰かに見られて余計な詮索をされるのはまっぴら御免だったから、とりあえず人目につかないところへ逃げたいと、そのときは思った。


ばたん、ぱたぱた と中から物音が聞こえている。

この戸は、薄い。


「あ。」


息を呑んだ。 


(わたしが今日ここに来るのを予想して、今、この時間にお風呂…)


すこぶる余計なことに気づいて、逃げ出したくなる。

緊張がのどを潰し ああ と漏れる声はなんと弱弱しいことか。

でも、前と後ろと。 

自分の中で見えないものの板ばさみになって、逃げようも無い。








「よ。 いらっしゃい」


いつのまにか音もなく戸は開いていた。


「あ・・・ こ、かかしせんせ・・・その、格好・・・」


よろよろと力なく後ずさる。

見慣れたのとはあまりに違う、目の前のカカシの姿。


「あ・・・あー、あはは。 どーもすいませんねぇー若いお嬢さんの前で。 はは。いや、今帰ってきたばかりで、ちょっとどろどろだったもんでな!はは。悪ぃわりぃ」


この人はここの住人で、いつ風呂に入ろうとバスタオル巻いただけの半裸姿で歩き回ろうと、まったく構わない。はずなんだけれど。

今の心理で、そんな寛容は持ち合わせていられなかった。

やはり自分はまだまだ子供で、こちらこそごめんなさいと心の中でカカシに詫びる。

いつもの眠そうな目はしばらくサクラを見つめていたが、やがて中に入れと促した。

裸の腕が伸びてきて自分の真横を通り過ぎ、戸ごと引き寄せるられるようにして三和土に立つ。

近づいたカカシの身体から立ち上る湯の匂いに、それだけで卒倒しそうになりながら。




「えー…と」

「…」

「…いらっしゃい?」


にこにこと顔を覗き込まれてハッとした。 ろくに挨拶もしていない。


「あ、お、お、おじゃましますっ… ご、ごめんな、さ・・・い・・・」


語尾なんかはもう、無くてもいいんじゃないかと思うくらいに小さくなって、きっとカカシの耳には届いていない。


「はいはい。 ま、そんなかたくなるなよ。捕って喰いやしなァいからさ」


動揺を見抜かれて、ちょっとどころじゃなく恥ずかしかった。答える声も泣きそうなくらい更に。


「・・・・・・うん」


うつむく頭を3回、ぽんぽんぽん。

いつもなら口を尖らせて抗議するところだが、今日はこんな子供扱いがありがたい。


ああもうあっついねぇ、冷えた麦酒が飲みたいねぇ と聞かせるように独り言ちながら、すたすたと自室へ戻っていくカカシの姿を、見るともなしに見ていた。







(続)        














2007/07/15

(セックスを匂わせるなんて易いこと お色気上忍風呂上り)


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