(as was unexpected)
声なんて、出してないわよ。
出せるわけがないじゃない。
ただ何故だかくちびるが、弛んで開いて洩れてゆく。
息が、心拍が、上がったり下がったり。
それにあわせて出てるだけ。
与えられる感覚に揺さぶられ、体温が冷静さを凌駕しないように。
体はゆるやかに、しかし確実にシーツに縫われて抱き寄せられて
逃げられないという事実が、うわごとのように鼻に抜ける甘い呻きに変わる。
出た声の艶めいた色を聞いて、ますます失われる平静。
気に入りの緑玉の眼ふたつも揺れて定まらず
そんな些細なゆらぎでも、この人が気取らないはずも無い。
追って来て、甘く歯を立て、柔らかに拘束されて。
今宵何度目か。
花びらと蜜と砂糖菓子に、私はまた埋められた。
『可愛いなサクラは。 かわいい。 かわいいよ。』
いちいち心臓を弾く、聞き慣れたのとは違う声色。
蕩ける声は何処から出してる?
なぞる中指、思わせぶりな手のひら。 右膝の上のあたり。
引き締まった肌は思いのほか白く、温かく、そこにまた異なる熱を纏って更に。
ただのひとつの後悔は、灯りを消してと云ったこと。
薄い闇の中にいて、ふたりが余計にふたりきり。
私には忍の夜目が恨めしい。
それを聞いたらこの人は 便利じゃないの なんて、さらりと。
ずるいよね。責めたくなる。
近くに見える、見慣れた右。
瞑られ見えない、深紅の左。
くちびる。歯。鼻筋も。裂かれた痕と耳朶も。
全てを覚えていけ なんて。
忘れるはずがないじゃない。
忘れられるはずないじゃない。
ほんとにずるい。
ありがと、でもね。
私は先を急ぎたかった。
甘いお菓子は要らないの。
忘れないけど、心は閉じて。
身軽になりたい。 ただそれだけで。
こども扱いしないで、早く。
後悔なんかしないから。
お願い はやく 早くして。
段々に白く細くとなりゆく思惟は、艶かし過ぎるささやきに絡めて取られてついぞ途切れて。
『他所事ばっかり、だめでしょ。 集中して。 今はオレのことだけにして・・・?』
うん。
もしかわいいって云われたら、ああそうかなって思うわけだし
集中してって云われたら、ああそうしなきゃってすぐ思う。
ゆっくりするから息吐いて っていつもより低く静かに耳に吹き込まれて。
ちゃんと聞いて、ちゃんと従うのはいつもと同じ。
なにより、その声は拠り所。 何度も私を助けた声。
イタイ? 大丈夫。
怖いはずがない。
『サクラ、オレの名前、呼んで。』
だって、あなたはわたしの。
――――――
「・・・っカ、カシ・・・せん、せ・・・・ぇ」
出た声のいやらしさに我ながら心の中で辟易する。
しかも がまんするな だなんて、どの口がそんな酷いことを云うんだろう。
怖くない、悔やんでいない。
纏わりつく枷をはずすのに、もがく私に。
ああ、この人はもうずっとこうして眺めているのだ。
昔からずっといちばん近くにいて。
それでいて今、私ははじめてそれに気づき、顔を上げた。
カカシ先生の両眼が、開かれていた。
色違いの視線を受け止めて、私は。
寝台に寝かされてからはじめて、心が解けていく。
我ながら小さな胸だけど、詰まれば、苦しかった。
痞えを、解いても?
聞き慣れた声が、聞き慣れない声色を纏う、この夜。
「ね・・・カカ、シ、せんせぇ、 おね・・・が・・・」
その暗闇の甘さに縋ってしまったのは、こどもっぽいまちがいだった?
(続)
2007/07/26
(流されない強さがほしかったのに)
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