間
暗闇に包まれている。
自室のベッドの上、一瞬その状況すら理解できなかった。
いつも足があるほうに、あたまを向けて寝ている。
枕が、見当たらない。
この向きで寝入った経緯を思い出そうとする。
しかし、重く動いた腕に触れるものがあって、思い出すのをやめた。
頭が痛かった。
ボクの限界など高が知れているのだが、慣れないアルコールを入れたせいか身体は末端までだるい。
のども、いがらっぽい。
二枚の布の間から、身体を引きずり出す。
部屋は、室内とは思えないほど冷えている。
帰ってきて、部屋を暖める間もなくベッドへ縺れ込んだことを思い出した。
床に散らかった中から、自分の(と思える)下着と服を身に着ける。
当たり前だが、温さは残っていなかった。
部屋を出て、洗面へ向かう。
居間のソファの上に放り出された、細長い紙袋が目に入る。
「いいの。自分にお土産なの。オマエの部屋で飲みなおすの・・」
あんな様子は、はじめて見たのだが。
酔うとずいぶんわがままを云った。
結局飲まれなかったワインのボトルは、キッチンのカウンターに置いた。
壁を探り、スイッチを押す。
個室の足元から細く漏れる光に、眼が痛む。
意を決する、というほどではないが、ドアを開けると、やはり電灯はまぶし過ぎた。
眼を閉じて、ズキズキと揺れるこめかみが鎮まるのを待つ。
暗転した視界が回る。
胃の腑がむかつく。
薄目を開けながら長い息を吐くと、甘く、苦い匂いが個室に充満した。
立ったまま、自分のものを取り出す。
手触りのおかしさに思わずまじまじとそれを見る。
ものだけでなく、下腹部、服をめくれば腹の上、胸のあたりまで。
シーツと、そこに包まって寝る人の有り様を思い、息を詰めた。
ついでに、下着の裏返しに気づく。
めまいがする。
飲んだ分以上に、排出する身体を恨めしく思う。
利尿作用があるのなら、汁ものをつまみにしたらどうだろうか。
汗も、精液も体液だから、余計にのどが渇くのかもしれない。
取りとめの無いことを考えながら、用を足す。
石鹸を泡立てて丁寧に手を洗う。
歯を磨き、冷たい水で顔を洗う。うがいをする。
薄皮が剥がれたように、意識が少しだけはっきりとした。
顔を上げて、鏡に映る姿を見つめる。
名前は、ヤマト。
過去には、テンゾウという名を持っていた。
鏡に映ったコイツを今もテンゾウと呼ぶ人は、この姿を、どう思って見つめたのだろうか?
第一、本当に見つめたか?
キッチンへ入る。
冷蔵庫を開ける。
薄青のボトルが詰め込まれた庫内は、水の中と同じ。
命を感じない、無機の色。
血塗れた後には感じすぎないぐらいがちょうどいいから、いつもこうして準備をする。
でも今は少し、それも物足りない。
夜と、朝のあいだ。
ボトルを手に、寝室へ戻る。
月の明かりすらない闇に、白より白い白が浮かぶ。
あらわになった背中が規則正しく張っては、緩む。
ボクは立ったまま水を飲み、しばらく眺めた。
骨と、肉と、体液の温度を、冷えた手のひらが思い出す。
「・・んん・・・・・あれ・・・・・・・ど、したぁ?」
もぞもぞと布団を被りなおしている。
「すいません・・・起こしましたか」
「・・・や・・・・だいじょぶ・・・・・・・・・いま、なんじ」
「まだ、・・・夜、です」
時計を見たわけではないのに、僕はそう云った。
「そっ・・か・・・・・よる・・。・・ねぇ・・て、・・て」
わからないまま、手を伸ばした。
「・・・・・・・ん・・・?・・」
言い出したのはそっちなのに、眠いながらも困惑したようにボクを見る眼。
寝ぼけているのだろうか。
まだ、酔っているのだろうか。
「ああ・・・」
夜に混じる、小さな呟き。
「そんな顔、しちゃって・・・・・・いいこと・・・したのに・・・・」
ボクは今、どんな顔をしているというのか。
酷いことを云う。
『いいこと』だなんて、決めつけて。
吸い込まれるように伸ばした指先は頬に触れる寸前、柔らかく掴み取られてしまった。
「もうすこし、寝ようよ」
ボクは、思い出す。
口元が歪むのを耐える。
掴み取ったボクの指を唇に寄せて、先輩はまた眼を閉じた。
引き寄せられるように、身体をその隣へと滑らせる。
「これ・・・オレの、でしょ」
肩に鼻先を擦り付けながら、カカシ先輩が云う。
くあぁ と大きなあくびが聞こえる。
掴まれた指先に、あたたかな息がかかる。
「ああ、そうかもしれません」
そう答えて、ボクは。
酔って寝ぼけてぐちゃぐちゃになったシーツのあいだで
ボクはもう一度、先輩を、きつく抱いた。
2007/11/30
(服も、中身も。)
→→→
隙 *カカシside
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