夏の顛末 〜夜〜






 久しぶりの酒はやはり過ぎた。
 気づけばここはボクの自宅。ベッドに寝ている。
 居間へと続くドアから漏れる灯りに、奇妙な違和感を抱く。
 ああそうか、人がいるんだ。
 先ほどまで一緒にメシを食っていたふたりの声に耳を欹てれば、なにやらなまめかしい喘ぎ声まで聞こえてきて・・・

「シノ、これ、どう・・・?」
「これはあまり好みではない・・・何故ならこれは一般的に悪趣味といわれる類の」
「何やってんですかァァ!!!!」

 シノの言葉を最後まで聞かず、ボクはドアを蹴破った。
 驚いて振り向くふたりの視線は、やがて白々しいものへとその色を変えてゆく・・・
 テレビが、先日購入したばかりの52V型液晶テレビが、ボクの秘蔵DVDの映像を大写しに流して・・・!

「うわああぁ何勝手に人のライブラリあさってるんですかァァァ」
「あ、テンゾ、おはよーw」
「おはよーwじゃないっ、今はヤマトでお願いしますって何回言ったらわかるんですか! シノも、趣味が悪いとかちょっとそれ酷すぎるんじゃないかなっ」
「個人的な感想を述べたまでだ。悪いがオレはこういうマニアックなものは好かないのでな」
「テンゾー、これ、こんな趣味悪いの、どこで手に入れたのよ」

 ひらひらと手にしたDVDのケースを振ってみせながら、『ビリ男隊長のブートキャンプ☆ムキムキ兄貴にゾッコンバッコン』だってぇアハハハハ と、深夜には相応しくない高らかな声で恥ずかしいタイトルを読み上げられる。
 ちょ、センパ、窓開いてますから止めてっ、止めてくださいっ!

「ガイさんに借りっ・・・・たんじゃなくて、ムリヤリ持たされたんですっ」
「アーッハッハッハッハ テンゾー、マニアーック!!!」
「異論ないな」
「クッ・・・」

 何てこった。ガイさんありがとうすみません、恨みます。

「ちょっともう勘弁してくださいよ・・・若いコになんてモノ見せてるんですか」
「えー、近頃のコはこんなの見たって驚かないよ。ねぇ、シノ」
「ウム、まぁな」

 ウムじゃないだろ、まったくどれだけ落ち着いてるんだこのコは。ナルトあたりに見せたらギャアギャア言いそうなシロモノだってのに。

「ナルトなんかに見せちゃったら、わぁわぁ言いそうだぁね」

 元担当上忍の同意見を聞いて、 で す よ ねー と心の中で独りごちる。

「サクラだったらもう卒倒しちゃうよねぇ っていうかすごい勢いで殴られそう。 『ヤマト隊長ってサイテーー』とか言って。アハハ」
「フッ・・・」
「ちょ、止めてくださいよ先輩」

 シノの笑う顔を内心、へぇ と思い横目で眺めつつ、聞き捨てならない先輩の言葉にボクは慌てた。
 それにしても絡み酒できるようになるなんて、オマエちょっと酒に強くなったんじゃない? とか
 木遁マドラーでレモンハイをグルグルかき混ぜ続けて、最終的には杉箸突っ込んで燗にしたみたいな味になってて笑っちゃったよオレ とか
 聞きもしないのにいくらでも出てきそうな勢いのかっこ悪い話は、すべてそれ、ボクのことですよ、ね・・・?

「お、覚えてないんですけど・・・」
「だろうねぇ」
「オレは自宅で父親の晩酌に付き合うこともあるが、あんなに酒癖の悪い人間を見たのは初めてだ」
「ちょ、シノまで何てこと・・・そんなにひどかったかい?」
「ああ」

 即答だ。
 聞けば酔いつぶれたボクを運んだのはカカシさんではなく、シノらしい。

(残念ながらボクは知っている。カカシ先輩は酔いつぶれたボクをおぶってくれるような人ではない。前なんかは一度、店前のゴミ捨て場に捨てられていたことすらある)

「そりゃあ悪かったね」
「問題ない。何故なら、たまには体中の奇壊蟲を全て外へと出して運動させてやらねばならない。良い機会だったということだ」

 蟲に運ばれたのか。ギョッとするが仕方なく、ボクは曖昧に笑った。

「本当に覚えてないのか、オマエ」
「・・・すみません」
「『どーせボクが全部悪いんですよー どーせボクは材木ですよーへっへー』」

 カカシさんが酔っ払ったボクの口真似をしながら立ち上がる。
 リモコンを探しているようだが、そこらじゅうに散らばったDVDのせいでどうも見つかりっこないような有様だ。
 仕方なくテレビのところまで歩いていったカカシさんは、何を思ったのか突然電源コードを握り、『雷切!』と野太い声を上げた。

 バチチィィッ と白光が瞬いた瞬間、ブツ という不吉な音と共に映像が・・・

「うわぁ!何すんですかテレビィィ!!」
「ん?これ?だいじょーぶ、過量電流で電源落ちただけだから」
「・・・フッ」

 酔ってる・・・この人まだ酔ってるよ!そしてシノ、キミそこ笑うとこじゃないから!!
 ここでもまた笑うべきか怒るべきかわからずにボクは、いや、ここでは普通怒って当然なんだが意識が逸れた。
 大股で歩いてきたカカシさんが真正面に立ちはだかったと思うと、何かと見上げたボクの胡坐の上にちょこんと座ったからだ。

「『ヤマトは木で出来てますよー立派な根っこもついてますよぉぉー』」

 それも、ボクの口真似だろうか・・・
 ボクの首に腕を回したカカシさんの顔は数十センチに迫り、心なしか目に剣呑な光を湛えてさらに続けた。

「『カカシさんの根っこより、ボクのほうが立派なんだよシノ。ま、そんなことは内緒にしててくれよ頼むから・・・っひゃっひゃっひゃっひゃ』」


ひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ・・・・??


 ゴン と一発、頭突きを喰らい、ボクはとんでもない失態をやらかしたらしいと気づくのに、そうは時間はかからなかった。

「デカさよりテク、テクより愛、ってオレ、暗部にいた頃から教えてあげてるでしょ? ヤ、マ、ト、 くん?」
「あ、あ、ちょ、」

 伸ばした手にゴリゴリとズボンの前を揉みしだかれて、ボクは声にならない声を上げる。
 思わず助けを求めてすがるような視線を向けてしまった先で、シノはまた夕刻と同じよようにふいとボクから目を逸らし、無言で立ち上がった。

「あれ、シノ、帰るの? いっしょにお勉強して行けばいいのに」

 艶ったらしい声で相手を誘うカカシさんに、今宵、嫉妬してる場合でもないみたいだ。痛い。ちょ、潰れる・・・

「悪いが、決めた相手がいるのでな。 それに今夜は、オレとしたことが野暮をやりすぎたようだ・・・失礼する」
「ふーん、そっか。いいねぇ若い人は。 じゃ、ま、気をつけて帰んなさいよ」
「ああ」


 じいさんみたいな台詞に見送られ、ガチャン と金属のドアが派手な音を立てて閉まる。 ああ、なんて音。今は夜中だってのに。
 そしてあの音は、一体これで何度目だろう、朝まで続く壮絶なお仕置きタイムのはじまりだっていうのかい。


 カカシさんはボクを引きずり立たせ、ベッドに向けてなぎ倒した。

 それにしても、落ち着き払っているように見えたあのコも、案外こんな修羅場には慣れてないのかもしれないな。
 ボクは吹っ飛びながら、ふとそんなことを考えた。

 今夜、窓も全開で、夏の夜に盛大に響くボクとセンパイの本能の声。
 最初の2回は酷く揺さぶられ、あとの2回はセンパイを揺すり上げながらボクは。

 あのコが忘れていった籠の中で、夜を悦ぶ虫たちが本能のままに喰らい、這い回っている音を、ボクは聞いた。











2008/08/21

(翌朝ゴミ捨てに出たところで会ったひとつ下の階に住むくのいちは、まるで害虫を見るような目でボクを見た)

→→→  夏の顛末 〜夕〜











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