ひまびのひまひま。ひまひまに。
歩みを緩めることを許された時間、ふと辺りを見渡せば。
オレを追い抜いて駆けていくヤツ。
いつの間にかいなくなってるヤツ。
気づいたら、隣に立ってるヤツ。
そいつらを見て、ふぅむと顧みる。
忙しいときとはすこし違った何かを思う。
そして、たまにはこんなのも悪くないかもねと思ったりもする。
まわりに流れる時間より、ペースをややゆるめて。
それでもきっといろいろあるから、眺める目だけは閉じないでいる。
たまにはそんな年の暮れ。
分かち合えるツレがいればそれはきっと、なお、いい。
パッシャバイ
いったりきたり。
行ったと思ったヤツがまた来て、何度も前をすみませんとかなんとか、足も小走りに。
投げ出した足が通行人の邪魔になりそうで、ちょっと遠慮がちに縮こめてみせる。
ずいぶん離れた隣でそれを見ていた紅がこっちに向かって何か言いかけたが、入り口からがなる大声にそれも遮られた。
曰く。
泊まりのお部屋は貴賓室、趣向の異なる寝所が3つもあるらしい。
朝餉夕餉には腕のいい板場から山海の幸、多く酒蔵を有する土地の大吟醸のよりどり!
贅沢にも部屋付きの露天風呂は眺望絶佳、湯量豊富な総天然の源泉かけ流しは美肌効果抜群のアレ!
「アンコったら、アレじゃわかんないわよ」
「えー、ほらアレ・・・なんつったっけ、アレよアレ。腐った卵みたいな匂いするヤツ」
「硫黄・・・?」
「そうそう、それ!やっばいぐらいお肌ツルツルにな、って、うわ!・・・・・・っとぉー」
立ち上がった紅に口喧しく喋りながら歩く女は注意散漫、縮めたオレの足に見事に突っかかった。
「んぁ、すまん」
「・・・っぶないわねぇカカシぃ・・・アンタくつろぎ過ぎでしょ!その足もうちょっと引っ込めときなさいよぅ!」
アンコの剣幕に両足はすでにソファの上だ。
その隣ではその名と同じ色のツヤをのせた紅のくちびるが、呆れたように口角を下げる。
「カカシ、あなた今日はずいぶんヒマそうにしてたわね」
「んー・・・まぁ、ね」
そういうオマエだって鏡をのぞきこんだり雑誌読んだり、ずーっとここにいたのをオレは知ってるけど。
しかし口は災いの元。
容赦のない言い草だけ受け取ってオレは黙ったが、どうやらふたりは向こうへ行く気配がない。
「・・・キミたちはお忙しそうデスね」
アンコの顔がぱぁと輝くのを見て、しまったと思うが遅かった。
「んっフフーお・ん・せ・ん!アタシたちあしたっから温泉行くんだぁ!」
思わず首を引っ込める。
ちょっと聞いてよカカシ、とはじまったのはオレには全く関係のない陽気な未来の話だ。
そして実際「ちょっと」どころの話ではない。
大げさな身振り手振りも交えて、次々とよくもまぁそんなに喋れるものだと感心すら覚える。
「そんでその宿ってば予約も半年前の朝8時からって決まってて!時間前からスタンバってイビキに電話かけさせまくってさぁ、やっと予約がとれたってわけ!」
「え、イビキも行くの」
「は?なんで?連れてくわけないじゃん」
今日も今日とて人権蹂躙。
この女に関していわれのない苦労を背負い続けているのは有名な話で、木の葉の精鋭たる尋問隊長は表向きサディストで通してはいるが、実は究極のマゾヒストなんじゃないかとオレは常々疑っている。
しかしまぁそれはそれ。
今は思わずこぼれそうになる苦笑いと溜息をぐっとこらえる。
心の中で唱える。
雄弁は銀、沈黙は金。
そう、手っ取り早く目の前の面倒を回避するには口をはさまず、頃合いを見計らって手放しで賞賛してやるのが一番だ。
微笑むのがいい。にっこりと。
それはもう、そこらのくのいちたちがこぞって極上ともてはやす笑み顔で・・・!
「でね!カカシ聞いてる?そこの料理ってのがまたこれが・・・」
話を止めたアンコがオレの顔をのぞき込む。
「・・・なにネジが緩んだみたいな顔してんのよォ・・・ほんと、アンタってうさん臭いっつうか辛気臭いっていうか」
なんなの?と問われる。
それはこっちの台詞である。
「なんなの・・・っていうか、オマエがなんなのっていうか」
「はぁ?何言ってんの!?あ・・・、わかったぁ」
ヒマすぎて呆けちゃったんだぁ とアンコは続けた。
これもまた今にはじまったことではない。が、この女、いちいち放言が過ぎる。
助けを求めるようにずらした視線の先では、たしかに一瞬目が合った男の頭が広げた新聞の陰にすうと引っ込んだ。
孤立無援、あまりの言われようにオレの意識は遠くなりかけ、
「・・・ま、いろいろあるから気をつけてさ・・・温泉、楽しんでらっしゃいよ・・・」
簡潔に述べたハヴァナイストリップの辞には、こらえ切れない溜息が混じるのであった。
(続)
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2008/11/20
(しどいっ)
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