そしてどうにか冬晴れの屋外に出る決心をした。

 たまの休日。予定は未定。
 這い出したままの形になっている布団をとりあえず整えて。
 それでもせっかくだからすっきりした服を着て。
 鏡の中の自分が暖かそうな格好をしていることに満足したら、すこし、髪を撫で付けてみたりする。


 行き先は、そう、どんなもんかなとおもって。











「こーんにちは・・・」


 開けっ放しの玄関に呼びかけた小声に返事はなく、玄関脇、日陰の小路をすり抜ける。
 こっちを行けばたぶん庭だろう。
 のんびりとした気配、なにやら小気味の好い音も聞こえてくる。

 果たして、主はたしかにそこにいた。

 や、どうも と普段と変わらない挨拶をして手を上げる。
 なのにオレを見るなり迎えの顔は仰天または唖然、真冬の真昼間に幽霊でも見たようなそれ。

「おったな・・・もういいかカカシ、拙者帰るぞ」
「ん、ごくろーさん。ありがとね」

 足元の声に、留守番頼むね と手を振れば、長い散歩に満足げな犬はワフンと犬らしく吠えて答えた。
 続いて呆としたままのゲンマを一瞥、どうだといわんばかりにパックンの鼻息は荒い。

「だってよかったらどうぞって言ったの、ゲンマくんでしょ」
「・・・言っ・・・・・・たにゃ言いましたけど、アンタ・・・忍犬まで使って」
「あれ、ゲンマくんひとり?」
「・・・ひとりですよ」
「あ、そうなんだ」
「そうですよ」
「そっか」
「・・・ 何か?」
「いやいやいや」

 声音はさっそく雲行き怪しく、早々に追い返されてもたまらない。
 まぁ持ってきた折詰もちょうど二人前。
 ハァと肩を落としたゲンマに、とりあえず手に携えてきた正絹の包みを掲げて見せた。

「ね、メシ食った?」
「あー・・・ハイ、つうかもう2時近くですしね」

 そういえば、と思い出す。
 ようやく目が開いて毛布のすきまからうかがい見た剣の先は、あと少しで真上に重なる時刻を指していた。
 相変わらずですね と見透かされたかのようにそっけなく言われては笑うしかなかった。

「まぁ、じゃ、これはえっとおみやげ、ってことで」

 差し出しながら思わずへどもどする。
 が、ゲンマが熱く視線を注いでいるのはそんなオレではなく風呂敷包みのほうだ。

「お・・・、こりゃ好いとこの」

 ふたりの間に、ふんわりと旨そうな匂いが立ち昇る。
 思わず相好を崩すのは当然も当然、木の葉の老舗『落葉亭』で特別に見繕ってきたおもたせだ。
 別に根に持ってるわけじゃない。
 けど、昨日には胡散臭い辛気臭いと一蹴どころか二蹴三蹴されたオレの顔も、利くところでは利くということをこの際だからハッキリさせておく。

 ゲンマの漏らした小さな感嘆を聞いて、招かれざる客人たる己がまいないに釣りが来たと思えば溜飲も下がる。

 イジワルに試したりするから、ちょっと仕返ししてやりたくなったんだ。
 ドッキリが成功した時点で、オレは結構満足。
 だから「じゃあ、ハイ」って土産と引き換えに渡された、このホウキの意味するところは、

 それは、あんまり解りたくないような・・・



 あらためて見てみれば、この寒いのに縁側のガラス戸は全開だ。
 腕まくり足まくり。傍らにはバケツと雑巾。
 頭に巻いているそれはどうやら手ぬぐいで、いつもとは逆に結んだドカチン巻きの男は耳からホコリよけのマスクまで下げている。
 そんないでたちのゲンマはどこからどうみても、これ、掃除の真っ最中。


「すんませんねぇ、わざわざ手弁当で」

  恐る恐る顔を上げれば、そこにはまさに、『胡散臭い』が笑顔で立っていた。

「え・・・別に、オレ」
「ひとりじゃはかどらないんで、助かります」

 一層にやりと口端を吊り上げたゲンマはそのままスタスタと折詰を持って厨に消え、揃いの手ぬぐいとマスク、何枚かの雑巾を手に戻ってきた。

「さ、上がって上がって」
「えー・・・」
「早めに片ァつけちまいましょうや」
「ええー・・・」
「なんなら今夜には旨い酒とか、つけましょうかね」
「う、」

 なぜか促されるままに踏石に靴を揃えている。
 まるでお姫さんにでもするように手をとられ、耳近くに囁かれたのは大いにオトナな誘惑の言葉。
 変に熱っぽい調子で言われて調子が狂う。思わず呻いて耳を押さえた。

「っと、カカシさんの好いおべべが汚れちゃまずい、か」

 結局、変にノリノリになったゲンマに糊のきいたかっぽう着まで着せられて。


 それからとっぷり日暮れまで、自室の掃除もしてないオレは、よそのお宅の大掃除を手伝う破目になったんだ。




(続)







→ next














2008/11/22

(いいんだけど。 ・・・いいんだけど!)











← works index