腹も充たされ、肌も和らいだ戌の刻四つ。
 酔ってよろしやかになったふたりの指はしかるべくして絡まって。




「・・・仕舞いにしませんか」


 指をゆるく握ったまま動こうとしない。
 目も合わないからオレはついくすんと笑ってしまった。

 あとは、たぶん、この指がひくりと動くだけでいい。





 わずかに力を込めた指先の動きに導かれるように、ゆっくりと与えられる重みを受け止める。

 甘く酒精の香る息。
 畳についた手に手が重なって、少しずつ少しずつ後ろへと滑る。
 身体が当たって揺れたコタツからは箸が転げ落ちる。
 見て見ぬふりもできずに拾い上げたオレの手から、ゲンマがそれを奪い取るようにして卓の上へ放った。

「ん・・・ねぇ・・・まずはそれ、脱いだら」

 隔てるモコモコが、どうもいけない。
 そのままじゃ絹ならぬ綿入れの褥だ。

「確実に俺が風邪引きますって」
「着たままでするの」
「とりあえず」

 真顔の答え、いろけの欠片も見当たらず。
 挙句、オレが暖めてあげるからなんて言うんじゃないでしょうねと言い出されて、オレは危うく喉元まで出かかっていた陳腐な睦言を呑み込まされた。

「暑がりの奴にゃ、寒がりの言い分はわからんでしょう」

 帯が緩み、しっとりとした手のひらが忍び込む場所からいくらか涼やかな空気が流れ込む。
 温かいかと訊ねると、ゲンマは酒に潤んだ眼でこちらを見下ろしたまま口の片端を上げた。


「よく聞かされた、んですけど・・・、今思えばこりゃガキに聞かせる話じゃ無ェなぁ」

 逸らした目に幼げな険。懐古。


 ――わたしは暑がり、あのひと寒がり、いつもわたしが湯たんぽがわり


 閨に忍んでくるのに寒いだの何だのと理由をつけて。
 そんな夫の君(せのきみ)に抱かれた人はさぞ艶福な女性だったんだろう。
 何よりも、かくも見甲斐ある色男の成し腹だもの。

 黙ってその見るほうへ移した視線の先、暗くて見えない隣部屋の奥。

 今宵、古びた額に入ったふたりは眉をひそめるだろうか。
 それとも、ニヤリと笑って片目をつむってくれるだろうか。


「寒がりは遺伝なんだ」
「ついでに言えば煮物の味はおふくろさん譲りでしょうね」

 たぶん受け継いだその通りにゲンマが笑う。

「酒好きも」
「ああ・・・そうでしたね、みんな似ちまった」



 這い回る手の動きは緩慢で、未だ下着のふちを少しもぐっては膚の上で遊んでいた。
 指をその先へ、温みへと促したいと今は思う。
 そして睦言はこうして今昔に使い古されるのだとも。

「・・・仕方ないね」

 あたためてあげようか。

「湯たんぽみたいに黙ってられたんじゃこっちとしては面白く無いんですけどね」

 憎体口ごと、ほら、おいで。

「・・・そうだねぇ・・・でもオレ、今日は疲れちゃったから動けないし、ずっと黙ったままかもよ」
「そうしてられるなら、どうぞご自由に」
「アラ、ずいぶん言うねぇ・・・」

 でも、ま、ヒマとはいえこのオレをこき使ったツケは大きいよ。
 がんばってもらおうかな。


 強る言葉に答えはなかった。
 代わりに髪を撫で「あったけぇなぁ」と囁くゲンマにぬるりと耳を舐め上げられて、今宵初めのひそやかな息音を洩らす羽目になったのはオレの方。







 世は年の瀬。
 木枯らしが鎧戸を叩き、夜は張り詰めて雪じみた空。

 消し忘れた夜のラジオが年末の歌を歌い、火鉢の中はなかなかに、消えは消えなでうずみ火の。

 とてもじゃないけどこのふたり、話もそこそこ、することがない。
 せめて今宵はともづれともね。
 夜の先までひとつ道、通りすがりを捕まえた。





(了)



















2008/12/18

(かてわけて ぬくむはだえの)







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+いけないおにいさんたち、てまねき。 こっそりおせいぼ。