聞けばどうも行き先は同じ。
でも、なんだかんだで先に呑んじまったし、何よりこの雨だ。
夜更けにはこりゃ雪になってもおかしくないね なんて云うから、つい明日でもいいかってことになる。
客引きを断りつつ与太話しながらぶらぶら歩いて、残りの曲がり角はひとつ。
街の喧騒は遠く、互いの傘を打つ雨音は近い。
これがなりゆき、せめて、笑え。







今夜







確信犯相手に次の出方をうかがう、不毛。
俺は風呂場に行って湯の用意をしてから、酒ですか、それとも茶がいいですか と一応を含ませながら今夜の客に声をかける。
手元はすでにロックアイスの袋を開けようとしているが、どうせ見ちゃいないだろう。
水割りが呑みたいのは、俺だ。
部屋の中をうろうろしているカカシさんから望まない答え、もしくはそれ以下のものすら返ってこないのも、あらかたの予想通り。

「ねぇ、この部屋、いい匂い。何?」
「あー・・・、それ、茶です」

云うまいか。一瞬、躊躇した。
しかし思いなおし、ポケットに手を突っ込んだままの猫背に向かって、俺は答えた。

「普通の茶っ葉、なんかいつも飲み切る前に湿気っちまうんで、もったいないから香がわりに焚いとけって聞いて」
「へぇ?・・あれ、ゲンマくん、タバコ吸うよね?」
「え・・ああ・・・・えぇ、まぁ。・・で、どっちにします。もうちっと呑みますか?」

繋がりきらない会話を、やはり、はぐらかしたくなった俺に、相変わらず考えの読めない半眼がゆっくりと振り向く。

「ゲンマくんを食べる」
「・・・」

今日が今日でなかったら、こんな人、部屋に連れて来たりしねぇよ。ホント。







じゃあとりあえずお先にどうぞ と投げられたタオルと一緒に、オレは風呂へ行く。
わざわざお湯まで張ってもらって、こんな寒い日には格別にありがたい、たいそうなもてなし。
決してがっついたりしない余裕の色男っぷりは云うべくもなく、歓迎しているわけじゃあなさそうなのに、お茶か酒かとか、まず風呂だとか。
ゲンマくんのこういう、変に生真面目なとこがオレはけっこう好きなんだけど。
今脱いでる忍服とか下着も、洗濯機に入れとけば洗ってくれそうなとことか・・・

刹那。
チリ、と揺れた扉向こうの空気に、緩慢な怖気が背筋を走る。

「ねぇ・・・オレのうしろで、気配、消さないでくれる?」

遠慮がちに開くかと思った扉は、驚くほどの勢いで全開にされた。

「すんませんね、ついクセで。・・・はい、これ。こんなんしかないですけど」
「・・・ありがと」

ここまで来て狼狽するなんてことはない。
ないんだけど、手渡されたガウンで隠すのも変だし、かといって晒した全裸をただ眺められるのもなんか変でしょ?
オレはちょっと眉をしかめたかもしれない。ゲンマくんが笑う。
ちいさな悪戯の成功に気を良くした主は、千本を噛み直して満足げに片眉をピクリと上げ、ごゆっくり と云ってドアを閉めた。

ホント、今日が今日じゃなかったら、こんな危ないおにーさんにヒョイヒョイついて来たりしないよね。普通。







今日、24日。







風呂から出ると部屋は薄暗く、くだらない特番を流すテレビと香炉の小さな灯だけが揺れていた。
俺を見止め、今気づいたみたいな顔をしてへらりと笑う。

「勝手にいただいてるよ」

グラスをかかげる手は手甲を脱いで、指の長さばかりが目立った。

「なんでこんな雰囲気出してんですか」
「んー・・ゲンマ君のセークシィィーなのが引き立つように?」

にんまりとした唇に押し当てたグラスの中で、大きな氷がころん、と立てるまろやかな音が耳に届く。
どこまでも莫迦を云う、この男。
カウチに投げ出した脛、だらしなく肌蹴たガウンの胸元は薄闇にもぎょっとするほどに白い。
男の目から見ても、ずいぶん上等にできた野郎だ。面輪を引き裂く傷も、飾り、か。


『傷は・・・無かったような、あったような・・忘れたな。 ま、ありゃ相当こまっしゃくれたガキだったぜ』


いつか聞いた言葉を思い出した。

ガキの時分からあるってことか。
そう思ってしばらく見ていたら、何の前ぶれもなく すう、と瞼が持ち上がり、透いた紅蓮が俺を見据えた。
不覚にも揺れてしまった千本を見て、また片目を閉じたカカシさんが悪い笑みを浮かべ、立ち上がる。

「何もしてなぁいよ?」

当たり前だ。
思わずぷっと息を漏らす。

「はは」

と声を出して笑うと、カカシさんも更にニヤリと口角を吊り上げた。
こりゃあもしかしたら、心底からの笑み顔さえ軽薄って云われるくちだ。 なんて思うのはお互い様か。

「それ、あぶないなぁ。頂戴」

差し出された手のひらに千本を乗せる。
そのまま腕を伸ばして背に手を回す。
静かに合わせた唇はすっきりと冷たく、甘味と滋味の入り混じったかすかな燻香が、ゆるく咬みついた上唇に香った。







「今日、24日だね」
「そうですね」







ゆるく舐め合ったまま、オレたちはこのなりゆきを確認する。
目を開けると、ゲンマくんもこっちを見てた。

「・・・ええー、何」

小声で云って唇をすぼめた。少し困ったような微笑を浮かべる顔ははかなげに見えた。

「・・・目を開けんでくださいよ」
「人のこと云えないでしょ」
「まあそうですけど」

年上の男相手にこんな云い方もなんだけど、思いのほか可愛い顔で笑うもんだね。
ろうそくの灯を吸って暗く光る髪に差し入れた指を、しどけなく掻き回して撫でながら唇をついばむ。
ふざけたやり方、このなりゆき。
お互いがニヤニヤしながら、それに甘んじて、口を尖らせて遊ぶ。
しめっぽいのは苦手だろうから、笑えるやり方がいい。
たまたま今夜はなりゆきで、たまたま今夜は聖しこの夜。
ふたりで、すべてはあれのため。
たまには笑って。


『アイツんち寄ると、旨ぇ冷茶が出んだよな』


いつかそう聞いたのを覚えてた。

ねぇ、オマエが飲みに来ないから、茶っ葉が余るってさ。
聞こえてる?







24日。







どこぞの神様が人間として生まれ、どっかの人間が忍として死んだ日。

雨にジングルベルを聴く。
ひと月に一度巡る長い夜も、たまたまの今夜。
まあ、たまには笑って。

















2007/12/24

(明日の朝にはタバコを供えに)











ブラウザバックで 『戻る』

もしくは

いけないおにいさんたちからの大人のおくりものを 『食べる』