君の部屋











「いやいや・・・ま、違うから。だいじょーぶ」
「何が大丈夫なんですか」
「聞きたいの?」
「・・・・・」

 下手に口を開けば実施条件を上乗せされかねない。
 黙って顔だけ向けて、続きを促す。
 剣呑を滲ませて主張するところは、僕にはその権利がある、だ。

「はは。じゃ、ま、云うけど ・・・あんまり突っ込むなよ?」

 

 苦手なんだよね、 と。
 自宅で誰かと寝るなんて、今までほとんどなかったんだよ と、カカシは云った。



「だからさぁ、なんてゆーか ・・・自分の生活の場でセックスすんのって、落ち着かないんだよねぇ」






 ずいぶんに怪しく、言い訳じみた作り話ではないのか。
 百歩譲って信用に足りるか否かはこの際問わないにしても、そんな話は初耳だ。

「いつもはオレ、もぉっとオマエにヒィヒィ云わされちゃってるんだ・・・?」

 うれしそうに云う。
 本人にその自覚がないなら、あのせわしい息遣いがいかに淫らで、僕の中にある理性という名の牙城を崩壊させるのにどれだけ効果的かということを滔々とまくし立ててやりたい。
 ついでにもう一度、啼いて許しを請う吐息をその減らず口から引きずり出してやりたいとも思ったが、今はそれどころではないのもわかっている。

「そんな気がします」

 カカシの喘ぎ声に関するものとは別の糸を手繰りながら、曖昧な相槌を打った。

 今日初めてここに来たわけではない。
 でも、事に及んだのは初めてかもしれない。




 目線だけで部屋を見渡す。
 追って、隣の人の目線も薄暗い部屋を横切る。

「テンゾウ、激しすぎ」

 噴き出すように笑ってカカシが先に手を伸ばした。
 この部屋に入ったときにはどうなっていたかは覚えていないが、今、枕元の写真立てのひとつは倒れ、もうひとつはあさっての方向を向いている。

 倒れた写真立てはそのままカカシの手で元通りに直され、前を向いてふたつは並んだ。
 伏せて、逸らしてあったのかもしれないと思ったが、口には出さなかった。


 少なくともこの時はそう思えた此処は<聖域>、そこで臆面もなくサカってしまった自分。

「・・・・・・カカシさん・・・らしくない話ですね」

 じんわりと顎が引け、肩がせぐくまり、背中が猫のように丸くなる。
 そんな状態で咄嗟に口を衝いて出たものは失言の類のそれではなかったか。
 かの人はそれを待っていたように、へらりと笑って僕を見た。

「んー、そぉ・・・?っていうかオマエそれ、どういう意味で云ってんの」
「・・・いや・・・別に・・・」
「オレ、どっかの誰かみたいに見境なく連れ込んだりとかしない主義だからなー」
「・・・・・・」
「雰囲気重視だし。ほら、結構オレってロマンチストよ・・・?知ってんでしょ? ね。おとめ座だし。」

 揶揄や自問、脈絡のない結論。
 確固たる口調で繰られる言葉に、僕の思考はやんわりと置き去りにされた。




 理由を聞き、考察が終わる。
 とって然るべき態度を導く結論は、さらにその先だ。
 しかし頭がぼうっとして、僕は黙り込んでいる。

 ムードも何もなくサカっちゃってすみませんでした、とは、今さら云えない。

 というか、云いたくもない。


 おかしいじゃないか。
 いわんや、蓋し、大前提として、共同作業の責任は双方にあるものではないのか・・・!






 いたずらな様子でまたたいたかと思えば、また、しっとりと潤みを取り戻す、気だるげなまなざしが向けられていた。

 刺激的で、胸の裡に湧く得体の知れない不愉快とあいまって、またしても勃然とする。
 しかし黙っていたので、やがてカカシは窓の方へと顔を向けてしまった。

 差し込む月明かりがその眼に反射して、金と銀の輪がきらりと光ったのを、僕は、見逃さなかった。




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2008/03/20




(人、其れを逆ギレと云ふ也)











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