※高校生パラレル
※23「保健室」からつながっています
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ひとり早足に廊下を歩く。
もう3時限目がはじまっている時間だから、誰もいない廊下だ。
職員室を過ぎ放送室を過ぎて角を曲がり、階段をのぼる。
たまらなくなって一気に3階まで駆け上がった。

笑う口元。長く絡んだ指に。
うっかり見とれていたなんてことに、あの場の誰も気づいていなかったはずだ。
なにしろこの時は、まだボク自身気づいていなかった。


3段抜かしで駆け上がったせいだと思う。
心臓だけが、いつまでも落ち着かない。






ドアの向こうが1年C組の教室だ。
ただ、さざめく声が漏れ聞こえてくることにボクは首をひねった。
たしか3時限目は現代社会のはず。

いぶかりつつ、そっとドアを開ける。
と、そこはもはや授業中のそれではない様相を呈していた。
どうしたんだろうか。
しかし、わけはわからなくとも見慣れた顔ぶれが作る混沌に今はなんとなくホッとする。
そのまま、ざわつく教室へ滑り込む。

黒いシッポがぴょこんと振り返った。
教室後方のドアにいちばん近い席に座り、こんな状況でも律儀に資料集に隠しながら漫画雑誌を読んでいた海野イルカだけがボクに気づいた。

「俺の後ろに立つとはおまえなかなかやるな…」
「誰だよ…」
「ハハ!おう、なんだよヤマト、どこ行ってた?」
「保健室」
「なんだ、拾ったものでも食ったのかぁ?」
「そんなわけないだろ」

ニカリと白い歯を見せるイルカに、ボクは彼の前の席、すなわち自分の机の上に置いてあった数枚のプリントに目を通しながらひらひらと手を振ってみせた。

「オレ、もう帰るから。今日は部活休みますってガイさんに伝えといてくれよ」
「お……?お、おう」

珍しいな、と少し驚いた様子のイルカはボクと同じくラグビー部に所属している。

「そっか…じゃあ、な。明日は来れそうか?」
「ああ大丈夫だよ」

ありがたい気遣いに軽く手を上げ、教卓へと歩み寄る。
授業中だというのに堂々とそこに伏している人物、その人に用がある。
しかし決して余計な刺激を与えないよう、ボクはつとめて小さく声をかけた。

「先生……、先生」
「…………ぁあ゛、…んだぁ?」

大儀そうに顔を上げた髭面はこれぞ土気色。
このお方こそ現社担当教諭にして我がクラスの担任、奈良シカク先生だ。

「すみません、ボク体調悪いんで早退します」
「あぁ……そうかぁ、…んじゃあ配ったプリントは家でやっとけー」

ゆっくりゆっくりなるべく揺れないように後ろを向きつつ黒板上の時計を睨む彼。
オレも帰りてェなぁとぼやいたこの人は 、今に始まったことではないが本日は一段と酒くさかった。

見ている前、達筆過ぎる達筆が名簿に記す『柱間ヤマト、本日早退』。
ミミズに足があるかは知らないが、あるならそれは今、確実に千鳥足だ。

「じゃあな…気ィつけて帰れよ」

彼は補聴器(と言い張っている、たぶんラジオ)のイヤホンを外して再び教卓に突っ伏した。

いささか申し訳なく思う。
早退すべきなのは、本当に具合が悪い人だ。












2009/06/17

(引き抜いたイヤホンから地方競馬)








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