※前からの続きですが人称変わってますご注意
で。
結局のところ、話はうやむやになった。
決してやましいことをしていたわけではない。
だけど彼が──、
あの「はたけカカシ」が突然目の前に現れたんだから、そりゃあ少なからず動揺もする。
大蛇丸は何事もなかったかのようにボクから離れた。
「あら、カカシくん……、いらっしゃい」
「や、どうもおはよーございます」
「おはようって…、あなたまさか今学校に来たの?」
保健室に立ち寄った生徒に対して「いらっしゃい」は、果たして正当か。
どこのオカマバーだよと心の中だけでつっこんでみる。
なによりそれは動揺を押し隠しつつも次第に冷静さを取り戻してきた証拠で、ボクはもともと冷静なほうなのだ。
ゆったりとした足取りでこちらへ歩いてくる彼。
それを見て、冷静なボクはとりあえずするべき事はしとかなければいけないと思い、言った。
「先輩、おはようございます」
「や、オハヨー」
あいさつを受けてスッと片手を挙げる仕草。
完全に遅刻してきたわりに、その笑顔は余裕たっぷりだった。
そしてあっけにとられるボクをよそに、話は思いも寄らぬ方向へと流れはじめる。
曰く、
「いつも通りに起きたつもりだったんですけど」
「目覚まし時計?あれはアラームの音が小さくてだめですね」
「シリアルがざらぁーーってこぼれたり」
「掃除機に足の小指を轢かれたり」
「食った後になって気づいたら牛乳の賞味期限切れてて」
「黒猫に前を横切られて」
「学園行きのバスは来ないし」
「PASMOは見当たらず」
「乗ったら乗ったで腹具合が悪くなり」
「トイレ借りようにもコンビニがなくて」
「いやぁ、歩いた歩いた」
本人がそうだと言うんだから、そうなんだろう。
「迷っちゃったんでしょうね〜、人生と言う道に!」
「…バカなこと言ってないで早く教室お行きなさい」
「いやいやいや、事実は小説より奇なりとはこのことで」
「まさかとは思うけど小説ってのはあのオゲレツな三文小説のことかしら…、どこかのアホが書いた…」
「自来也教頭のイチャイチャシリーズは素晴らしく高尚な文学ですよ」
「真顔でウソつくもんじゃないわ」
「ウソじゃありませんて」
「ほら、もう次の授業が始まるからお行きなさい」
「まだハラ痛いんです。ちょっと失礼してベッドをお借り…」
「申し訳ないけど満席」
取り合わない大蛇丸。
食い下がるカカシ。
やりとりを聞く限り、どうやらカカシはここの常連でふたりはなかなか親しげだ。
まぁ、結果的にはこの人が来てくれて助かった。
ボクはほっと胸をなでおろす。
イチャイチャなんとかってのはエロ小説で18禁だとか、やっぱりオカマバーだとか。
湧き上がるツッコミを心に堪えつつ、この隙にそそくさと服装を整える。
目の前の舌戦は続く。
蛇の威嚇をのらくらとかわすネゴシエーターは穏やかながらも利を引き寄せようとひるまない。なかなかの試合だ。
その応酬はこれまたツッコミどころ満載だが、この際ボクからは詳らかにすまい。
しばらくは時計に目をやりつつ聞いていた。
が、ついにはこれ以上の長居は無用と判断し丸椅子から立ち上がる。
すると、
「ほら、そこの1年くんもォー」
話の矛先がいきなりに向いて、思わず固まる。
「帰るんでしょ?ねぇ帰るんでしょ!?」
「あら、ヤマトくん、もういいの?」
「え…いや、ボクは」
「具合悪けりゃそりゃ帰るよねぇ…ああ、参ったな。俺もハラ痛いよ。こりゃあ帰らないと…」
「まーたカカシくんはそうやってサボり癖つけて…」
「俺も帰るー。ヤマトくんといっしょに帰りますー」
帰るつもりなんか、ボクはなかった。
ただ教室に戻ろうと思っただけなのに、まんまと巻き込まれた。
ていうか、言うにこと欠いて「いっしょに帰る」ってなんだ。
いっしょに…、……。
いやいや、まさか。ありえない。
「帰るーいっしょに帰って寝るーハラ痛いー」
あっ、なんだか頭痛もする とボクの座っていた丸椅子に崩れてみせた彼は本当にあの「はたけカカシ」か?
それともこれがこの人の本性なのだろうか。
「ヤマトくんもホラ、病人が一人で帰るのは危ないよ?俺と帰ったほうが安全」
立ち尽くしていたら、突然ニコリと笑みかけられた。
「え…、そ、そうなんですか?」
我ながらなんとも間抜けな返答だが、だっていろいろ想定外すぎるんだ。
「ねぇ、俺、帰っちゃうよー?」
「え、や、ボクはむしろ帰らないっていうか」
云々。
そんなかみ合わないやりとりを繰り返すこと数回、黙って見ていた大蛇丸がついに。
「あーもう、うるさいったらないわぁ」
大げさに肩を落とす真似をして、大蛇丸はギコギコと音を立てながら事務椅子を机の前に戻した。
で、彼が背を向けたその瞬間の、カカシの口元に浮かんだ悪そうな笑みと言ったら!
「担任の先生方には早退のこと伝えておくから…、ふたりとももう今日はお帰りなさい…」
パッチン!!
本日曇天。
大きなため息。
ここは薄暗保健室。
あきれるほどに小気味よい音を響かせてフィンガースナップの彼と。
その長い指に思わず見とれたボクと。
2009/06/15
(何かがはじまる気がしたんだ気のせいじゃない)
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