「ボク、コーヒー飲みますけど、先輩は?」
「ああもらう、ありがと。氷入れてね」
来客用に使うグラスになみなみと注がれたアイスコーヒーを受け取りながら、カカシはモニタの前に、ヤマトは少し離れた窓際へ椅子を持っていってそれぞれに座る。
メールチェックをはじめた後ろで次々に窓が開けられると、エアコンのそれとは違う、湿り気をはらんだやさしい風が心地よく頬を撫でていった。
「タバコ、いいですか」
本来事務所の中は禁煙だが、朝の換気のついでだし、少なくとも自分は気にならないから、『どうぞ』の意味を込めて軽く手を上げる。
「今日は晴れましたね。昨日の雨が嘘みたいだ」
あー、と大きく伸びをして、えらくくつろいだ雰囲気の声と、自分のそれとは違う銘柄の香り。
オフィス西側の小さな緑地、3階の窓近くまで伸びた大きなムクノキではさっそく朝の食事合戦が繰り広げられているらしい。
バサバサ、ピィピィ。チチチチ。
賑やかな鳥の声を聞きながら、いつもなら朝はメシが喉を通らないはずの自分も、今日は心なしか腹が減ってきたような気すらする。
旨いアイスコーヒーが落ちる胃袋は、思えば昨日の夕方、客先で腹が鳴いてはまずいと打ち合わせ前にコンビニのおにぎり一個を収めたきりだ。
ひと段落したら買い出しにでも行くかな、と、次第に思考が横道に逸れてゆく。
なんだか集中しきれないままにすべて開封済みの受信トレイに戻ると、テンゾウがひとこと「鳥、すごいな」と呟くのが聞こえた。
そうか。
もしかしたらアイツがいつもみたいに気を遣って、『朝飯でも買ってきましょうか?』と言い出だすのが先だろうか。
(早起きは三文の得、ってね)
・・・・・・だから、別に、後輩にパシリさせたくて言ってるんじゃない。
もしそう云ってくれるなら、朝の散歩がてら、今日ぐらいは一緒に行ってやってもいい気分だってことだ。
そこまで考えて、ふと笑った。
(─ったく、バカかオレは)
我ながら、のぼせている。
誰に言い訳だよ、と心の中だけでセルフツッコミを入れつつ、困ったときのいつものくせで後ろ頭を掻きながら。
デスクトップに並ぶアイコンをクリックする指がいつもより軽やかなのも、もしかしたら早起きのせいじゃない。
けど、緩む口元を見られても癪だから今しばらくは画面だけ見ていようかと、カカシが改めて仕事のファイルに向き直った、その時、
「あの・・・、」
ホラ来た。
それみたことかと振り返ると、すぐうしろにヤマトが立っているから驚いたのはカカシのほうだ。
まったくいつも猫みたいに音も無く近づきやがって、うれしいやらくやしいやら。
「これ、見てもらえますか」
差し出がましいようですが、という言葉と共に目の前に差し出されたのは、数枚の図面。
カカシはそれを片手で受け取るが、それでもそこから動かないヤマトに気づき、これは今ここで目を通せということだと理解して作業の手を休めた。
「すみません、邪魔して」
軽く頭を下げながら、うかがうような黒目がちがこちらを見ている。
「なに、これ?」
ヤマトは黙っている。
勝手に散歩の誘いを想像していたのはこちらだが、そうじゃないというなら一体なんだろう。
訝りつつもオレは手元の図面に目を通し始め、
そしてほどなく、その資料の内容に思わず目を見張ることになる。
(続)
2009/09/18