ヤマトに手渡された数枚の図面。
それはカカシが今日の打ち合わせのために完成させた設計図の本案だった。
しかし次をめくると、自分で作った覚えの無い日照/採光のシミュレーション図面がある。
客先の要望があれば、あとあとに持てばいいだろうと考えていたものだ。
あれ?と思う。
しかしあえて黙ったまま、カカシは検め続けた。
さらにその次には、<参考添付>として別案設計図が2種類。
本案を丁寧にふまえつつ、オーソドックスではあるが発想の転回をみるようなそれらは、わかりやすいようカラーリングが施され、なんとご丁寧に3D画像まで添えられてひとつづりに綴じてあるのだから文句のつけようがない。
「えっと・・・何これ・・・」
カカシは混乱していた。
契約に至るに不足はない提案を自分で用意するのは当然のこと、しかし万一の事態の保険として客先への代案を用意していくのも営業の手際というものだ。
なんとなく早くに目が覚めたついでに、頭の中にぼんやりとあったそれらを形にしてしまおうと出社したのに、それがもう用意されていたとあってはこんなに驚くことはない。
「ねぇヤマト、これ・・・」
「いや、なんとなく、必要なんじゃないかと思いまして」
それきり言葉を続けないヤマトにかける言葉も見当たらない。
しかし唖然としたまま図面を眺めるにつれ、カカシの興味はこれらが作られた事情と経緯より、この武器をどう使いこなすかの戦略へとシフトした。
いつのまにか出された図面を食い入るように見つめ、ついには「ちょっとこれ、ここ説明して」と脇に突っ立っていたヤマトに椅子を引き寄せて座らせる。
「あくまで補足資料ですから」
そして、そう断りを入れたヤマトはしかしそれ以上の謙遜をするでもなく、まして驕るでもない。
うなづく時間ももどかしいとばかりにカカシが促せば、欲しかった情報とその説明はヤマトの口から理路整然と滑り出した。
その間、数十分。
「・・・とまぁ、こんな感じで」
「そうか」
「・・・」
「・・・どうした?」
「なんか、あの、すいません。勝手に」
「いやいや、そんなことない。助かったよ。いいねコレ」
「そうですか。それならよかったんですが」
カカシの心からの言葉に、ヤマトの顔の陰りが和らぐ。
「ねぇ、もしかしてこれ作るのにわざわざ事務所に泊り込んだってわけ?」
「いえ!決してそういうわけじゃ」
「だってこれ・・・、時間、結構かかったろ」
「いえ、あの・・・」
どこから話したらいいかな、そんな言葉ではじまるヤマトの話。
聞けばどうやら以前、ゲンマと共にこの案件について喧々囂々の議論を交わしていたのが聞こえていたらしい。
「興味深い案件ですよね。ファイルを見・・・すいません、勝手に見せてもらったんですが・・・、先輩の設計すばらしかったです。で、ゲンマさんには話をしてたあったんですが」
言葉を切って、まっすぐに見つめられる。
いつかのタイミングで話したかったんですが、と少し眉を寄せる仕草が男らしい。
なかなか会えなかったので、と照れた笑みを含ませるような言い様に思わずこちらが目を逸らした。
「そっか・・・」
カカシは、もうこれ以上の作業を必要としなくなったモニタをぼんやりと見つめていた。
見事なサポートを受けて心強くはあった。
しかし晴れやかではない。なんとなく引っかかっている。
驚きと、近しいはずの自分はなぜ気づかなかったのかという気持ち。
ヤマトが一般住宅の設計に興味を持っていたなんて、自分は今、はじめて知ったんだ。
(続)
2009/09/20