カカシとヤマトが勤めるのは、とある建築設計事務所。
 ヤマトの話に出た不知火ゲンマというのはそこの代表をやっている男だ。

 先に名前の出た3名を含め、社員計7名の小さなオフィスである。
 代表以下所属するメンバー各々が建築士の資格を持ち、基本的に設計から施工監督まですべてを担当する、それはいわば個人建築家の集まりのような組織であり、今までの実績としては主として住宅、カフェや雑貨屋などの店舗の設計と建築だが、最近では公園や緑地などの小規模なランドスケープアーキテクトを手がける機会も増えてきた。

 仕事には皆が得意分野とでもいうべき個々のスタイルを持っていて、それによって担当を割り振られたり、時には依頼主の方から指名されたり。
 だから今回のような─、ヤマトがカカシを手伝ったような流れ作業的分業をやったり、そもそも自分の担当物件以外に手を出すなんてことはきわめて稀な事態であった。

 そして主に個人住宅を手がけているカカシに対し、ヤマトはこの事務所で唯一、大規模な施設のデザインを手がける建築士である。 

 学生のころから国内や海外のデザインコンペでも上位の常連で、噂では、日本近代建築の父と呼ばれた人物の血を引いているとかいないとか。
 出自の話は蛇足だが、業界ではちょっと名の知れた存在であるヤマトには、いわゆる会社としての金儲けにはならないような学術論文や机上の設計仕事も数多い。
 が、しかしそれも、面白いヤツがいるんですよ、と代表のゲンマが母校(カカシとヤマトの母校でもある)の大学院から引っ張ってきたという経緯もあって、皆が認めるヤマトの仕事。



 そして今日は、そんなコンペ仕事の大事な締め切り日なのだ。


「・・・コンペ、締め切りなんだろ?」
「はい。そっちはもう仕上がってますから、今日ゲンマさんに報告して選考に送ります」


 ヤマトは今も、そしてこれからも、自分とは違う場所で仕事をするのだろうと、カカシはそう思っていた。

 さらりと嫌味なくこなしてくれた仕事は的確で、迷惑なはずもない。
 えらい才能のあるヤツだと感心するのも今にはじまったわけじゃない。
 もちろん、それまでの自分の仕事に劣等感を感じたわけでもあるまいし。

 ありがとうと労をねぎらい、助かったと握手のひとつも求めて、アイツの補いに感謝しながらオレは満を持して自分の仕事に臨めばいい、

 ―はずなのに。


「オマエさ・・・、」
「はい?なんですか?」



 目は、キーボードのYの字を見るともなしに見ていた。
 うつむいたままの声は、もうすでにいくらかトーンダウンしていただろうか。
 いささか聞き取りづらそうに返したヤマトの声は穏やかで、今の自分にはあまりにのん気に聞こえたせいもあるかもしれない。
 
「しっかりしなさいよ」
「・・・、・・・え?」


「しっかり自分のことをやれって言ってんのよ」



 言葉は、しまったと思うまもなくこぼれはじめる。

(続)






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2009/09/23