「・・・すいません、出すぎた真似を」
「そうじゃない、・・・そうじゃなくてさ、これには・・・感謝、してんのよ」
「じゃあ・・・、ええと」
見れば、気まずそうに少し眉をひそめたヤマトの表情は、やはり心なしかやつれている。
着たきりですっかりプレスが甘くなった襟元、そこから覗く首筋から顎にかけてのラインがずいぶんシャープになったことに気づいてしまう。
いらだつ心が抑え切れなかった。
何故という自問。
そして何より、こんなのは──、 悲しい。
「集中しろってことだよ・・・わかってんの?大事なコンペなんだろ!」
声音にも棘が混じる。
同じ職を持ちながら、違う分野を歩くということ。
それぞれが互いを認め、高めあい、己が道をまい進すること。
いつからかふたりきりで過ごす時間が増えても、仕事について、デザインについて、自分の信じるところの理想論はいくらでも語れた。
互いの仕事に誇りを持っていた。
そんな互いを誇りに思ってきた。
しかし現実はどうだ。
徐々に増えたふたりで過ごす時間がそしてまた次第に減り、それでも仕事だ仕方がないという言葉が慣性で口から滑り出し始めた頃、その笑う顔に濃い疲労が滲んでいるのを見て見ぬふりをしたじゃないか。
たまさかに肌を合わせたあとのわずかな時間に、仕事の話を持ち出すのをためらいを感じたじゃないか。
たぶんオレは、否、おまえも、わかっているだろう。
そういうものだと割り切れるなら、そうしたい。
そうすべきなのだと、頭ではわかっている。
ふたつのみっともない本音は、互いの肚の奥に溜め込んでこらえてきたはずだ。
それなのに今日、オレだけが、今にも。
「ですから、そっちはもう終わったんです」
「それでも気を緩めていいってもんじゃないでしょ・・・それに」
「・・・それに?」
「また、選考にあわせて向こう、行くんだろ」
「・・・はい」
「いつ」
「あさってには、ポリテクニコに」
「──はぁ?ミラノ! だったらこんなことしてる場合じゃないでしょ!人の手伝いなんか・・・」
「あれは、そういうつもりじゃ」
「ああ、もう・・・いいよ、別に」
「ね、先輩、聞いて」
「言い訳なんか聞かたかないよ」
「そうじゃないんです、ボク」
「オレはオマエが・・・、自分の仕事だけやっててくれりゃそれでいいと思ってんだ!」
「・・・」
「そうじゃないと・・・、」
そうじゃないと。
説明が、つかなくなりそうだった。
会えない時間ばかりが増えること。
立て込んでいれば、没頭していれば考えなくて済むという浅はかな逃避。
そんなみっともない男の本音に、オレは自分で自分に言い訳が出来なくなりそうだった。
「・・・カカシ先輩、」
呼びかけにはモニタを睨んだまま。
これ以上口を開けば何を言い出すか、カカシは自分でもわからなかった。
たまにふたりきりになったら、なんだこのザマは。
我に返り、己の阿呆さ加減と頬の熱さにうっかり泣きそうになる。
今日も諾々と流れる労働の日々の中の一日(いちじつ)に過ぎまいが、しかし自分にもヤマトにとっても、きっと大事な日なのに。
「オマエさ、人のために使う時間なんか無いはずでしょ・・・」
「・・・」
「自分の仕事が終わったら・・・、頼むからちゃんと家帰って、飯食って・・・身体、休めなさいよ」
声はどうにか喉から絞り出した。
ゆっくりと席を立つ。
こんなのではもう目も合わせられようはずなかった。
じっと注がれる視線を感じながら。
ああやっちまった、と心が痛んだ。
(続)
2009/09/23