慣れた場所とはいえ此処はオフィスだ。
それなのに自分は御しきれない波に弄ばれている。
指先は冷え、頭には血が上り。
開いたままの窓から吹く風は心地よく、みずみずしい陽光、鳥の歌。
バウヒュッテのオフィスチェアから滑り落ちまいと力を込める膝が笑う。
きつく抱き寄せられ、荒ぐ呼吸のままに与えられる舌を味わい、唇を貪り返す。
「ボクのこと、心配してくれてるんですか」
「話、聞いてくれますか」
舌に乗せた低い声でそう囁くくせに、答えることもできないほどに息を奪うのもまたヤマトだ。
カカシはまるで何も云えない子どものようにコクコクとうなづくばかり。
そしてキスの合間に確かにそう云ったはずの唇は、次の句を待つカカシの耳朶をただ甘く食みはじめる。
右の指はいつのまにかシャツの裾からもぐりこんで肌を愛でている。
左の指はきわどい場所に遊んでいる。
図らずもしがみつくような格好になっているが、こんなヨレヨレのシャツはもういっそ握りジワがついたって構わないだろう。
状況と、自らの感情への理解が及ばない苛立ちをぶつけるように、そしてなによりも愛しさ余って何とやら、カカシは目の前にあるヤマトの首筋に噛み付いた。
すると無遠慮な右手は仕返しとばかりにさらに這い上がり、
「・・・ん、」
ヤマトの目論見どおり、確かな目的をもって肌を愛撫する指にカカシは喉を鳴らしてしまう。
好き、なのだ。
相手を前にして今、否、それより前からずっと、ずっと。
本当は、言い訳なんかできないほどに。
しかしそんな自分の弱みを知って、周到に罠を仕掛けてきたかのようなこの状況に納得がいかない。
「ちょ・・・待ってよ」
「・・・どうかしましたか」
「・・・わけ、わかんない・・・何これ、腹立つ」
キスの合間にようやく云ったカカシの言葉に、ヤマトは少し困ったような顔をして笑った。
そしてぐるうりとゆっくりオフィスの中に視線を巡らせて、ひとこと。
「あっち、行きませんか」
立ち上がるように促され、まるでダンスでもするかのように差し出された右手。
遠慮も説明もない。
そして今、このタイミングでヤマトが囁いたひとことがカカシにとっては最低で最悪、
そして、完璧だった。
あなたのことが好きです。したいんです、と。
あ、ボクきのう風呂入ってないや、と今さらに間抜けなことを呟くから、迷わずその手をとって先に歩き出したのはカカシのほうだ。
わずかに残る理性でチラと眼を走らせれば、同じように壁の時計を睨んだヤマトと眼が合った。
「・・・オマエ、最悪」
「はは、・・・ですよね。すいません」
「とりあえずチャッチャとやれ・・・で、あとでちゃんと説明しろ。下手こいたら殴る。カギ閉めとけ」
「仰せの通りに」
即物的過ぎると笑われようと、オンタイムはいつだってなにかの好機。
だから迷っている時間こそがもったいないのだ。
必要最低限の説明だけで成立させる商談。
これも商才と変なこじつけを笑いながら。
朝からふたりで転がり込む先はインスタント・グランコンフォール。
そしてこんな場内の顛末は、他の誰にも知られてはいないはずなのだけれど。
(続)
2009/09/28