「だーかーらーー!なんで入っちゃいけないわけぇ!??」
「シーッ!さっきから声がでかいっつってんだろが!」

 んもう意味がわかんない!と、地団駄を踏むロングブーツのピンヒール。
 間違って靴ごと串刺しにでもされたらコトだ。
 ゲンマはドアを蹴破らんばかりの勢いで詰め寄るアンコの肩を抱いてくるりと向きを変え、そのままダンスでもするようなステップでヒョイと自分の足をひっこめる。

「まぁまぁ・・・早めのご出勤はありがたいんだけどよ、朝からそんなに怒り狂ったんじゃせっかくの化粧がよれちまうぜ」
「ハァァ?!よれるって何よ!」
「はがれる、か?」
「・・・崩れる、かな」
「顔面崩壊だ、ハハ」
「だね!アハハ! って、笑うな!!」

 ドスッと鈍い音を立ててみぞおちにヒットした裏拳は、この際だから甘んじて受けてやろう。
 が、もうちょっと加減してもいいんじゃないか。
 しかしなにより一刻も早くアンコをこの場から引き離さんと考えを巡らせ、軽く呼吸困難に陥りながらもゲンマは続けた。

「う・・・ゲホ・・・ッ、オマエ・・・なぁ、駅向こうにできたパン屋、知ってっか?」
「パン屋ってアンタ・・・オッサンじゃないんだからさぁ、ブーランジェリって云いなさいよぉ」
「パン屋はパン屋だろ。あそこさ、朝だけ茶ぁいけるらしいな?」
「え、ホント?知らない!マジで?」
「おお、らしいぜ。コーヒーが旨いってよ」
「わぁぁ!ってことはもちろん焼きたてのパンもありだよねぇ?」
「・・・行くか?」
「行く行くーー」

 そうと決めたら早かった。
 ひるがえりもしないペンシルスカートのくせに、一段抜かしで駆け降りていくやつがどこにあるか。
 まったく、デザイナーとしての仕事は一流だが、あの食べ物への執着とじゃじゃ馬っぷりはどうにかならないものだろうか。

 しかしどうやら乗り切ったと、ゲンマは深く息をつく。

 これでイビキには借りひとつだ。
 もし今から店で会ったら、コーヒーの一杯ぐらいはおごってやってもいいだろう。
 いや、大事なテリトリーをアンコに荒らされることになるんだから、この際、旨いパンもセットで、か。

(・・・で、中のふたりにゃ両手両足じゃ足りねぇぞ)

 手前勝手な話ではあるが、ゲンマはひとり作った貸しの多さで溜飲を下げてやる。
 オフィスで一、二の稼ぎ頭には時間外勤務も文句は言えやしませんけどねと、閉ざされたままのドアへ向けて嘯きもひとつ。

「ゲンマ!早く!!何やってんのよぉー」
「・・・へいへい」








 そんな場外の顛末、ドア向こうのふたりはもちろん知るはずもない。

(続)






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2009/09/28