(K - under the shower)






 憎憎しく舌打ちひとつ、コックを切り替えた。

 如雨露口から降り注ぐ温度は次第に萎えて、思わず冷たい息を呑む。
 冷たく濡れていくこうべを垂れる。
 髪を梳くように頭皮を伝う冷水は肩の嶺を冷やし、背に流れ、ぐっしょりと目の前に垂れ下がる銀の房に滴っている。

(冗談じゃないヨ、ほんとに・・・・)

 モヤモヤは胡乱に曇った胸奥をぐるりとひと巡り、小さな嘆息となって口から出ていった。
 説明の付かない思案の結果はついにモヤモヤからムカムカへと変わり、あまつさえ、その矛先を寝台の上で紫煙を燻らせているであろう部屋の主へと向けオレは悪態を吐く。

 なんかもう、本当に熊だよアイツ。




 今までも、そういうことは何度かあった。

 たとえば、いつ来たと知れない先客が濃厚な情事の気配を残したままの部屋。
 悪趣味な香水の残り香がベッドに染み付いていたときにはさすがに非難の声を上げずにはいられなかったが、それ以外、思い当たる範囲では幾度かあったそれらのことが自分とアスマのセックスを邪魔した記憶はない。

 極めて些細なことなのだ。
 愉しみの時間を削ってまで口の端に上らせるような話題でもない。
 全く、それらの出来事が互いの関係の中で大した意味を持たないということは、ふたりのあいだに成立する共通理解。


(……と、思ってたのはオレだけなのかね)


 だって今夜のこれは。

(明らかに、あてつけとしか思えないんだけど)


 部屋に入った途端、鼻先をくすぐったほんのわずかな違和感―、それは縄張りを主張して刻まれたしるし。
 否が応でも感じるのは、自分と同じ性の者が放つ密やかな警戒だ。

(あれって忍香じゃないのよ)

 十重二十重に織られた複雑で繊細なかおりに、忍たる自分の本能が反応してしまった、としか言いようがない。
 それに香も然ることながら、今日は部屋の空気までがいつもと違ったのはどういうことか。

 まあもともと、オレの嗅覚って働き良すぎちゃって間々困る。
 今日のこれも知らなば不知で構わなかったのに、気づいちゃったから厭ンなる。

(誰かは知らないけど……なぁに考えてるんだろうねぇ、奴さん)


 それにしても住人は気付いているのか、いないのか。
 知ってそのままにしているならそりゃまた別のお話だけど、忍香薬の匂いを残しっぱなしなんて忍として、どうだか。

(やっぱり煙草呑みの鼻は駄目だぁね…)



 まあ、でももう、なんでもいい。どうでもいい。
 いつもと違う部屋の空気はとにかく不快だった。

 次の一手を思案しようととりあえず風呂場に辿りつき、今こうして痛いほど冷たい水に打たれても、肚の底にゆらめいた焔は消えるどころか表面が冷やされたことで余計にその熱を身体の内から主張しはじめている。

(……どうしてくれんのよ、ホント)

 水を止め、すっかり冷え切った手でタオルを探した。
 手にしたそれは真新しく、しかしすでに甘く乾いたヤニの匂いは染みていて、オレはがしがしと頭を拭ってから大きく息を吸い込んだ。

 そう。この匂いは嫌いじゃない。

 大体、何だ。
 なんでそんなに苛ついている?




 それを認識した途端、思い当たった言葉はあまりに子どもじみていてオレは思わずぷっと吹き出した。




(こういうのって、やきもちってのかね)




 だったら。


 ねぇ。
 だったら、どうしよう?

 せっかくだからアイツに選ばせようか。


 じゃあ、服を着よう。
 もう一度、最初からやろう。
 せっかく来たんだから、愉しませてもらわなきゃ。






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2007/09/30初出 2009/01/07再掲




(たのしいやり方はいくらでもある)










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