(A - in front of K)
「メシなら無ぇぞ。外行くか?」
「んー・・・・いや、いい・・・風呂、借りるよ」
この部屋は何も変わっちゃいない。
何も変わらないはずのこの場所を、まるで別の場所に来たかのように見回すヤツを不思議には思った。
しかし俺は自分の功(いさお)が云わずとも知れるもんだと半ば呆けた勘違いをしていたということだ。
今回はずいぶんと順調に減らして4日目の今日、タールとニコチンが染みて澱みきっていた空気も多少は好くなったのかもしれないと軽い満足感すら覚えて。
そして随分と長い湯浴みから戻ってきたカカシ。
なんでオメーは風呂場に見送ったときと同じ恰好してやがる?
「ねえ、やっぱり今日オレ帰るわ」
殆ど表情の読めないその態を睨んだ。
「・・・」
「帰る」
しんねりむっつり、肚にも一物据えてんのかと思えば実はこれが結構空っぽ、気にかけたこっちが損した気分になる掴みどころの無さがこの男のすべてだ。
かといって解せない奴かといえばそうでもなくて、これほどわかりやすいのもいない。
そう、頓狂なところは否めないものの、このセンセイ、元々の性根はそんなに曲がった奴じゃない。
時々のヒスも心変わりも、長い付き合いとなった今じゃ慣れたもの。
だから、いつもならああそうですかと早々お帰り頂くはずなのに、今日のところは突っ掛かっちまったのが俺からだってんだから旨くない。
「・・・行くから家に居ろって云ったのはおめぇだろうが。どういう了見だ?」
縄のれんだ。
呑み屋街のはずれにある侘びた縄のれんが、俺の頭の中で揺れていた。
今朝のこと、手渡された任務表を見ながらあれこれ算段して、どうやら今夜あたり久々行けるんじゃねぇかとぼんやり期待していたのは自分だったし、そのあと受付を出たところでガキ共連れたカカシに会って、すれ違いざまに忍び口まで駆使してエロいこと云いやがったの聞いて笑っちまったが、まあ今日のところは据え膳喰ってやるかと決めたのも自分だ。
しかしまあ此処まで来て、どの口が「帰る」だなんて云いやがる。
八つ当たりじゃあ無ぇが、こっちは旨い酒蹴ってんだ。
仕方ねぇなあ とか、ちいっと脂下がっちまってたあの時の自分にも、今は無性に腹が立つ。
2007/09/30初出 2009/01/07再掲
(今はあの店の無愛想オヤジの顔が見たい)
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